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【お知らせ】noteでエッセイを始めました

いきなりですが、

noteでエッセイを始めることにして、

始めました。

 

 

なぜエッセイなのか。

それは、私が――このブログでは特に告知もしませんでしたが――昨年、文学フリマ東京に出したことと、わずかながら関係しています。

正確に言えば、知り合いが出す同人誌に寄稿したのです。

 

同人誌のテーマは「経済エッセイ」でした。

経済政策や経済の行く末について論じるような「堅い」ものではなく、ただ自分たちの懐が寒いとか、給料が安いとか、そんな話をするもの。

そこに私は、「AIと経済」みたいな、セルアウトチックなものを書きました。

 

記事を読んだ知り合いつまりその同人誌の「編集長」であり「発行者」にあたる人から来たLINEを引用します。

次回企画時は、まずエッセイであることから始めてみてください。それから論評になれば最高!

論評としてよくできてるし面白いのだが、なぜAIという題材をXXが取り扱ったのかが見えるとさらに面白い。

後半はともかく、前半を読むだけで、私がオーダーに適さない文章を書いたことだけは容易に理解できます。

どうしてそんなことになったのか。

話は簡単。私はきっと、エッセイが苦手なのです。

 

エッセイが苦手、というのはやや不正確かもしれません。

正確には、「感情」とか「自分」を込めた文章が苦手なのです。

文章はどこか機械的で、ツイッターアカウントについて「ボットと会話しているような気がする」なんて言われたこともありました。

この特徴はきっと、大学3年生のある時分以来強くなったものなのですが、その話は「書きたい日記」の領分なので、ここでは特に掘り下げません。

 

そういうわけで「苦手」なエッセイ。

それを書いてみようと、今回、始めました。

 

冒頭にも書いたように、エッセイはこのブログでなくnoteというサービス上に投稿していきます。

現在このブログは、映画やアニメの感想や、長めの「日記」がメインコンテンツになっています。

いわゆるエッセイ然とした内容のエッセイ然とした長さの文は、このブログにはミスマッチなのではないか、と思いました。

また、インターネット上でエッセイと言えば、はてなブログよりも株式会社ピースオブケイクの運営するサービスのイメージが私のなかで強かったというのもあります*1

noteに書いていくのは、そんな理由からです。

 

しかし、「苦手」と自覚しながらなぜ書くのか。

文章力の「弱点」を克服したい、というのは分かりやすいストーリーでしょう。そして、そういう思いも確かにあります。

ですが、エッセイの執筆が本当に「弱点」の克服につながる保証はありませんし、そもそも「弱点」を克服したとして何が嬉しいのか、という話でもあります*2

白状すれば、「書きたいから書く」これが何よりもの動機です。

 

最近、エッセイを読むことが増えました。

初めは、ブログを書くにあたって雰囲気などここから得られるものがあれば吸収しよう、といった思いで読み始めました。

何を隠そう。このブログは、1駅間で読める通勤時間帯のお供、というのが当初のコンセプトだったのです。

 芳根京子の記事には、そのコンセプトの名残があります。

まあ、その次の記事ぐらいから、早速長文化していくのですが……。

 

参考になるように、勉強のために、と読んでいるうちに、ゆるさ――物語というエンジンを積まない、緊張感の良い意味での薄さ――に面白さを感じ、色々と手を出すようになりました*3

星野源『よみがえる変態』

岸本佐知子『ねにもつタイプ』

また、以前の記事で取り上げた若林正恭『ナナメの夕暮れ』もそうです。

 

そして読むようになれば、自分も書いてみたくなる。これは、多くの本読みかつ文章書きに備わった業であります。

最近、読むようになったエッセイだから書きたい。理由はこれに尽きるのです。

また、小説を書こうとして*4、うまくプロットがまとまらず書けなかった*5、というのも多分ちょっとだけ影響しています。

 

noteで書いていくエッセイですが、noteの機能である「マガジン」にまとめていこうと思っています。

マガジンには、投稿であるノート=記事を複数まとめることができます。

こうすると、なんだかエッセイ集みたいでかっこいいかな、と思ったので。

 

 

そういうわけで、noteでエッセイ始めました。

何回同じことを書くんだよ、という話ですが、今回はこのくらいで。

 

告知なので、趣向を変えて敬体で書いてみましたが、慣れないことをすると、慣れない感じがして、慣れないなあ、って思いますね。

 

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*1:もっとも、現代のインターネットならば、文章だけよりもコミックエッセイのほうがSNSとの相性もよくまた読みやすいので、適しているのですが。

*2:文章で生計を立てるつもりがあるならばともかく

*3:これは、保坂和志長嶋有の小説を読んでいるときの感覚に少し似ているかもしれません。

*4:更新が滞った理由の一つにはこれもあります。

*5:もっと単純に考えれば良いんでしょうけれど、なんで複雑になって、処理しきれなくなるんでしょうね。努めて難しくしようとしてなんかないのに、思いついたフレーズから考えていくと、思弁性の迷路に迷い込んでしまいます。