ヤンキーになりたかった

食う寝る遊ぶエビデイ

『リズと青い鳥』感想

f:id:ifyankee:20180502083010j:plain 

4/22の日曜日、『リズと青い鳥』を見に行った。いつもは何の予告も警告もなしにネタバレばかりの記事を書くのだが、今回は公開から日も浅いこともあるので、あらかじめ注意換気しておこう。

以降の記述には『リズと青い鳥』およびテレビアニメシリーズ『響け!ユーフォニアム』のネタバレを含む。

 

リズと青い鳥』 (以下では、『リズ』と呼称し、作中の登場人物リズとは二重鉤括弧の有無で区別する)だが、素晴らしい映画だった。傑作だったと言ったも良いだろう。

 

続編作品でありながら山田尚子のフィルムであるということ

『リズ』を語る際には、スタッフがテレビシリーズと大きく変わっていることから入るのが良いだろう。『リズ』のスタッフは『映画 聲の形』と同様になっており、むしろ宣伝でもそのことが強調されていた。

スタッフの変更に伴い、キャラクターデザインも大きく変化しているが、ここからはテレビシリーズの池田晶子と『リズ』の西屋太志のセンスの違いだけでなく、『リズ』を、『響け!ユーフォニアム』のテレビシリーズ(以下、『ユーフォ』と呼称)とは異なる山田尚子のフィルムにするという意気込みも読み取れてしまう。

f:id:ifyankee:20180502083049j:plain

しかし、当然ながら『リズ』は『ユーフォ』のキャラクターたちを使い、その後の時系列の話を描くため、続編でないはずがなく、『ユーフォ』を観ていなくとも楽しめる作りにしたとしても、続編であるということ又は『ユーフォ』の磁場から完全に離れることはできない。

以上2点から、『リズ』を評価するに当たっては、『ユーフォ』とは手ざわりの異なるフィルムでありながら『ユーフォ』でなければならないという矛盾した要求に応えられているかどうかが大きな焦点となるが、私見だがそれは達成できていた。

では、どのように上述の要求に応えられていたのだろうか。以下ではそれを書いていくことになる。

 

『リズ』の時間軸は『ユーフォ』の翌年の京都府大会前にあたり、3年生の鎧塚みぞれ(種崎敦美)と傘木希美(東山奈央)の2人の関係性が最後のコンクールを前に変わっていく様が、コンクールの自由曲「リズと青い鳥」および曲のモティーフとされる同名の童話に重ねられながら語られる。「リズと青い鳥」の些細な物語の紹介は公式ホームページに譲るとして、まずここでは簡単にあらすじを紹介しよう。

湖畔の家で一人暮らすリズ(本田望結)は、嵐の翌朝、家の外で青い髪の少女(本田望結(2役))が倒れていることに気づき介抱する。恢復した少女はリズと暮らし始める。その少女は果たして青い鳥であり、そのことに気づいてしまったリズは愛ゆえに少女を逃す。

童話の2人の関係は、みぞれと希美のそれに似ていると作中で幾度か言及される。また自由曲「リズと青い鳥」には、リズと青い鳥の2人の別離が描かれる第3楽章においてオーボエとフルートの掛け合いとなるソロパートが存在する*1。先ほどは童話に重ねられながらと書いたが、実際には、物語はこのパートをどう演奏(表現)すればよいのかという問いと共に進行する。

f:id:ifyankee:20180502084724j:plain

 

静かな語り口と起こらない事件

だが、吹奏楽をモティーフとしかつ特定の楽曲をキーアイテムとしていながら、物語全体は静謐さに覆われている。台詞は少なく、画面映えする動きのあるシーン*2もない。人間関係を描写する際に便利なのは、ぶつかり合い互いに本音を言い合うことで理解が深まるというストーリー*3や独白による内面の吐露だが、『リズ』においてそれはほとんど存在しない。

台詞やアクションの代わりに雄弁なのは、言いよどみ発されなかった台詞や細かな動き(作画による演技)である。

 

例えば冒頭のシーン。みぞれは校門から少し入ったところの階段で、希美がやって来るのを待っている。合流した2人は、先を歩く希美を追ってみぞれが着いていくように、ほとんど言葉を交わさないまま廊下を歩き、階段を登り、誰もまだ来ていない音楽室に入る。2人は少し離れた席に座るが、希美が絵本「リズと青い鳥」を取り出し譜面台に置き距離を詰める。

このシーケンスにおいて雄弁なのは、2人の歩く足音と距離感そして距離を詰めるという行為である。2人は仲良さそうに歩くが、しかし妙にずれ、地面や床と擦れるような音を立てる。これは2人の関係性をまず提示する。みぞれは希美の後ろを歩くので、階段を登るときみぞれは希美を見上げる形になる。これもまた2人の関係性を示す。自由曲のモティーフとなった童話の絵本を前に詰められたみぞれと希美との距離。みぞれが希美の肩に寄り掛かろうとするのは、音楽を通じて希美と繋がれるというみぞれの想いの提示であり、しかし童話の物語は、それがこれから変容しうることを示唆している。

フィルムはおおよそこんな調子で進む。つまり、台詞量は少なく、目立ったアクションもなく、ひたすら微かな動きと言いよどみを含みつつ進行していく。

 

また触れなければならないのは、フィルム上から《事件》が極力排除されていることだ。ここで言う《事件》、イベントぐらいの意味合いだ。

例えば劇中では、オーディションやプールといったイベントの存在が台詞で明かされるが、そのシーンそのものは描かれず、ただそれが終わったという結果のみが言及される。特にオーディションは、『ユーフォ』ではその制度の導入初年度だったということもあって部内分裂に至りかける大きな出来事として描かれたし、そこまで行かずともそこには当落という非情さのドラマがあるはずだ。しかし先述の通り、そのシーンはフィルムから排除されている。

 

以上、静謐さと《事件》の排除という2つの特徴は、『ユーフォ』とは明らかに異なっており、その意味において『リズ』を台詞でなく表情や仕草、風景描写から内面を描く手法に秀でていると評価される山田尚子のフィルムたらしめている*4

ここからは、『ユーフォ』がどのようなアニメだったのかを少し振り返る。

 

黄前久美子という探偵と頻発する事件

『ユーフォ』は2期に渡って製作・放映され、1期が黄前久美子黒沢ともよ)ら1年生の入部および滝昇(櫻井孝宏)の吹奏楽部顧問就任から京都府大会まで、2期が京都府大会後から関西大会を挟み全国大会そして3年生の卒業式までの物語となっていた。

1期冒頭は、久美子や高坂麗奈安済知佳)の在籍していた中学校の吹奏楽部の、コンクール結果発表の場面から始まる。吹奏楽部は金賞ながら上位大会に進出できない「ダメ金」という結果に終わる。部員らが金賞に歓喜するなか「悔しい」と涙する麗奈に対し、久美子は「全国、本気でいけると思ってたの?」と失言してしまう。

 

このシーンが象徴するというわけではないが、久美子はしばしば失言する。この失言が周囲の人間からの「証言」を誘発し、彼女のもとには多くの情報が寄せられることになる。

また久美子は、しばしば《事件》に遭遇する立場も担う。例えば、吹奏楽部への復帰を望む希美が初めに話しかけたのは久美子だったし、普段はしていない結婚指輪を着け亡き妻のためイタリアンホワイトの花*5を買う滝と遭遇したのも久美子だった。

 

作中で起こる《事件》の影響は、いつも合奏のクオリティが下がるという形で現れる。みんな集中を欠いた演奏をしてしまう、とかそんな風に。

そしてその《事件》は、本音のぶつけ合い自体やそれを重要な契機として起こる出来事によって解決に至り、北宇治高校吹奏楽部はコンクールで抜群の演奏をし、素晴らしい戦果を得る*6

『ユーフォ』において素晴らしい演奏とは、メンバーが全員で一つの生命体であるかのように統合されることによって可能になるものとして描かれる。作中で幾つか起こる《事件》は、この一体感のカタルシスに向かうための困難として用意されているのだ。

f:id:ifyankee:20180502084751j:plain

 

『リズ』においては、2つのアイテムがフィーチャーされている。足音と希美の腕時計だ。足音については先ほども触れたが、これは足音に付随する歩くという行動および歩幅や移動といったものから「距離」と結びつく。

では、腕時計はどうだろうか。

『リズ』と『ユーフォ』の差異の1つに、画面上で《事件》が起こらないことがあると先述した。時計とは無論、時間と結びついている。時間について、2人の捉え方が異なっていることを示す箇所が2つある。

1つは、『リズ』劇中の3年生(みぞれたちの代)の多くが部の方針に反発し大量に退部した事件についてだ。このとき希美も退部したのだが、みぞれには声をかけなかった。『ユーフォ』劇中で《事件》となり、みぞれのトラウマとして描かれたのはまさにそのことだった。これについて希美は、昔のこと、と言うのだが、みぞれは、私にとっては今、というような旨のことを述べる。クライマックスも近いシーンのやりとりであり、この付近でピンクの腕時計がアップで映る。

だが、大事なのはもう1つの、コンクールに対する思いの違いだ。

 

《事件》なしに時間は進む。又は彼女たちに許された特別な時間の終わり

希美は自由曲「リズと青い鳥」を演奏できるコンクール本番が楽しみであると語るが、みぞれは内心、本番なんて来なければいいと考えている。先ほどは時間の長さへの認識のズレだったが、ここでは来るべきある時間に対する認識のズレがある。

このズレは2人の心情の差異を示すだろう。とはいえ、楽しみ/来なくていいという思いはほとんど意味をなさない。何故ならば、楽しみにしていようがいまいが、時間が経てば本番はやってきてしまうからである。

先ほど、『ユーフォ』の特徴として続けざまに起こる《事件》を挙げたが、《事件》自体のシーンが排除された『リズ』を覆うのはこの否応ない時間の経過というテーゼである*7。時間は流れ、オーボエパートの後輩・剣崎梨々花(杉浦しおり)はオーディションに落ちるしみぞれたちと一緒にプールに行く。

 

コンクールの終わりは、3年生の部活引退を意味している。その後に待つのは次の進路に向けた活動(受験や就活など)と卒業式だ。

学校というのは不思議なところだ。ほとんど試験結果で測れる学力のみによって均質性を保証された生徒らが、同じような教育を受ける場であり、その他の要素は切り捨てられる。これは、特別なものと凡庸なものが同じように見せかける詐術の働く場を提供することになる。そして、特別/凡庸の対比は、『ユーフォ』で幾度となく繰り返されてきたテーマである。このテーマをハッキリと引き継いでいた故に、『リズ』は『ユーフォ』の正当なる続編であった。

 

高坂麗奈は、プロのトランペット奏者を父に持ち、彼からの英才教育を受けて育った。彼女のトランペットの腕前は超高校生級であり、1年生でありながら3年生で部のエースであった中世古香織茅原実里)を差し置いてトランペットソロの座を掴むほどだった。

そんな彼女の口癖は「特別」である。それが初めて明確に口に出されるのは『ユーフォ』1期8話である。

「私、特別になりたいの。他の奴らと同じになりたくない。だから私はトランペットやってるの。他の人と同じにならないために。」

これに対し、久美子は「トランペットやってると特別になれる?」と訊く。麗奈はこう返す。

なれる。もっと上手くなれば、もっと特別になれる。

自分は特別だと思ってるだけの奴じゃない、本物の特別になれる。

(『響け!ユーフォニアム』8話「おまつりトライアングル」より)

f:id:ifyankee:20180502085939j:plain

 

『ユーフォ』にはもう1人、麗奈とは反対に「特別」であることに対する思いを口にしないが、周囲から「特別」と評される人物がいる。3年生で低音パートリーダー田中あすか寿美菜子)である。本心が見えず、何でもそつなくこなしてしまう万能の天才。だが彼女の話は今回の主眼でないので触れるだけに留める。

この「特別」というキーワードが、『リズ』においては童話「リズと青い鳥」の、青い鳥の人間にはない空を飛ぶ才に重ねられながら語られていく。

 

青い羽根を持つ=特別であるということ

『リズ』は当初、みぞれの視点に寄り添いながら進んでいく。これは冒頭で階段に腰掛ける姿がやたらと長く描かれることや、希美と2人で歩く際も2人を引きで収めたカメラから不意にみぞれ視点にカメラが切り替わることからも明示されている。

「私たちみたい」であるとして「リズと青い鳥」の物語が2人に重ねられるとき、孤独だったリズの生活に光を与えた青い鳥は希美に重ねられる*8。これには2人の過去が関係している。希美は、中学時代に友達のいなかったみぞれに声をかけ吹奏楽部に誘った。だからみぞれは吹奏楽部に入ったし、音楽を続けている。

物語の最後でリズは、青い鳥を逃がしてしまう。この別離は、みぞれのなかでは彼女が1年生のときの大量退部事件と重ねられる。知らされぬまま不意の出来事として希美=青い鳥を失ってしまった記憶と。そしてこの記憶ゆえに、自分をリズと重ね合わせていたみぞれは、青い鳥を逃がす気持ちが分からないからソロパートをどう吹けばいいのかわからないと苦悩する。

 

ここでは、みぞれの内に存在している、リズか青い鳥を分けてるものは人間関係を構築できるかどうかであるという論理が提示されている。南中時代は部長を務めた希美とそうでないみぞれ。部活帰りにフルートの後輩たちと一緒にファミレスに寄っていく希美とそうでないみぞれ。

私にとって希美は特別。大切な友達。私、人が苦手。性格暗いし、友達もできなくてずっと1人だった。

希美はそんな私と仲良くしてくれた。希美が誘ってくれたから、吹奏楽部にも入った。嬉しかった。毎日が楽しくて。でも希美にとっては私は友達の中の1人。沢山いる中の1人だった。

(『響け!ユーフォニアム2』4話「めざめるオーボエ」より)

しかし、本当にそうだろうか。希美が退部して以降も、みぞれは同じ南中出身の吉川優子(山岡ゆり)と仲良くしていた。少なくとも麗奈の目にはそう映っていた。みぞれが希美と遭遇し思わず逃げ出したときも、彼女を見つけた優子は「私には希美しかいない」と言うみぞれに、「なんでそんなこと言うの……そしたら、みぞれにとって私は何なの!?」と激怒している。

また『リズ』においてもみぞれは、希美の仕方とは異なるだろうが、仲良くしたいとアプローチをかけてくる後輩の梨々花と徐々にではあるが友好的な関係を築いている。多分、卒業式のときには抱きつかれて泣かれそうなくらいには。

だからみぞれの心の内にある論理は破綻しているし、実際、青い鳥は希美ではない。

f:id:ifyankee:20180502090013j:plain

 

リズの孤独を救った青い鳥を逃がそうと考え始める契機は、青い髪の少女が青い鳥であり、自分にはない空を自由に飛んでいける才のあることに気づくことである。だからリズと青い鳥を分かつのは、誰かにとっての特別というのでなくもっと明確なもの、能力を持つ/持たないの差、『ユーフォ』の言葉で言えば「特別」かそうでないかの差である。

そして吹奏楽において特別なのは、2人の間であれば間違いなくみぞれに軍配が上がる。希美とみぞれは、示し合わせたわけではないが進路希望調査を白紙で提出していた。しかし、滝が外部指導員として呼んでいる新山聡美(桑島法子)が、白紙で提出したことを聞いたとして音大を勧めパンフレットを渡したのはみぞれだけだった。

『ユーフォ』においても、希美が特別でないことは触れられている。田中あすかに許可を求めたい理由を「特別だから」と、特別の領域から少し引いたように答える場面もそうだし、何より花火大会のときの麗奈の発言が最も象徴的だろう。

辞めた方が悪い。辞めるってことは逃げるってことだと思う。

逃げたのが、嫌な先輩からか、同級生からか、自分からか分からないけど、とにかく逃げたの。私だったら絶対逃げない。嫌ならねじ伏せればいい。

私達は全国に行こうと思ってる。特別になるって思ってるんだから。

(『響け!ユーフォニアム2』1話「まなつのファンファーレ」より)

この台詞はこう言い換えられるだろう。「特別」であったなら、当時の部の空気がどうであったとしてもそれをねじ伏せられるはずであり、それができなかった時点で希美は「特別」ではなかったのだ、と。

 

また『ユーフォ』を持ち出すまでもなく、希美が青い鳥でないことは『リズ』から冒頭されていた。彼女は校門からすぐ近くの階段を登ったところで、綺麗な青い羽根を1枚見つけて拾いあげ、みぞれにそれを渡す。

このシーンは、青い鳥である希美がリズであるみぞれに施しをするシーンにも見えるが、それはミスリードだ。童話「リズと青い鳥」において、部屋に落ちている青い羽根に気づき拾いあげるのはリズであり、この行為により希美はむしろリズと重ね合わされているのだ。

 

断絶を顕在化する演奏

みぞれは新山との会話のなかから、青い鳥の視点でソロパートを解釈し表現することを思いつく。そしてある日の練習で、みぞれは第3楽章をやってみたいと滝に進言し、彼女の新解釈による第3楽章が披露される。

この演奏が、また何とも素晴らしい演奏となっている。演奏後に、複数名の部員が駆け寄り「感動しました」といった旨を伝えるぐらいには。しかしこれは、この上なく残酷な場面でもある。

 

直前に希美が「わたし、音大行きたいのかなあ」と吐露するシーンがある。希美は、みぞれだけが新山から声をかけられた、みぞれが上手いことは分かっていると口にする。この発言を引き出したのは、麗奈と久美子が違うパートなのにおそらく遊びのようにやってみせた第3楽章の演奏を聴いたことである。

希美は音大に行かない理由として、フルートは好きだが好きとそれで生きていくのは違うというものを挙げる。特別であるということは、それで食べていくということ、つまりそれを「実弾」に出来るということ。それが自分には出来そうにない、と希美は口にする。

のびのびとしたみぞれのオーボエソロは、希美のほのかに感じていたみぞれとの差を顕在化する。『ユーフォ』において一体感の訪れる瞬間であったはずの演奏は、『リズ』においては分断・断絶を象徴する《事件》として表れてしまう。そしてこれが、『リズ』においておそらく唯一と言ってもいい《事件》である。

 

みぞれのオーボエは確かに私たちの感情を揺さぶる。しかしその感情は既に、みぞれが壁を打ち破れたことへの祝福でも、演奏そのものの素晴らしさへの賛辞でもない。圧倒的な断絶を軽く提示されてしまったことへの物悲しさである。第3楽章のソロパートは、オーボエとフルートの掛け合いが大事だ。しかし、こんな演奏をされては、そこにどんなフルートの音色を乗せられよう。

残酷な現実そのものとも言えるオーボエの音色を前に、希美は震える息でフルートを吹き抵抗するが、それはもう何の慰めにもならず、彼女は涙し、音楽室を抜け出すほかない。

 

テレビシリーズで有耶無耶にされたもの

みぞれは希美のもとを訪ねる。希美は、「わたしに遠慮して本気出してなかったんだね」とみぞれに言う。みぞれを遠ざけるように。

これは別に、くだんの演奏だけのせいではない。彼女がみぞれに嫉妬しているというのは、原作ではたびたび言及されてきたことらしい*9し、嫉妬していると思しき場面は『リズ』の中でも描かれている。具体的には、みぞれが新山から音大を勧められたことを聞いた場面がそうだ。つまり、前々から思っていたことがとうとう言語化されただけに過ぎない。

その言葉を受けてもみぞれは、希美が自分にとっていかに特別かを話す。そして、ハグしてお互いの好きなところを言い合う大好きのハグを求める。

さまざまな箇所を挙げながら「希美の全部が好き」というみぞれに対し、希美は「みぞれのオーボエが好き」とだけ答える。

 

みぞれはずるい。自分には飛ぶ才があり、それは誰しもが欲するものであるのに、本人はそれに対しあまりにも無頓着だ。

優子や梨々花といった人たちにも囲まれているのに希美を特別視し、彼女にあまりにも多くを期待し、持たせようとしすぎている。はっきり言ってしまえば「重い」。「希美のしたいことが、私のしたいこと」とまで言う。

 

上述のような性格や発言から、みぞれの闇がフォーカスされがちだが、希美のそれもかなり深いものと思われる。

何故ならば、そんな重いみぞれは自分に比べ物にならないーーと希美は思うだろうーー才能を持っていて、しかしあまりにも自分にベッタリしている。そのみぞれは、内心で何を思っているかわからない。

希美は梨々花に「のぞ先輩って、鎧の……じゃなくて、鎧塚先輩と仲良いですよね?」と訊かれ、「だと、思う」と曖昧な返事をするし、どこかでみぞれがまだ退部事件とその後の復帰を許していないんじゃないかと恐れている。

しかしながら同時に、希美はみぞれが今のままならいいとも考えている。自分を置いていくほどの上手さを発揮するのでもなく、また交友関係を広げるのでもなく。希美は、みぞれをプールに誘った際、みぞれが「他に誘ってもいい?」と訊いたことを受けて、一瞬顔が曇る。また、みぞれがフグに餌をあげていると言った際、「リズと青い鳥」中でリズが動物にパンをあげていることから希美は「リズみたい」と言う。不自然なほどに間髪入れず。

 

このフィルムが素晴らしかったのは、はっきりとしたセリフでなく世界観や人間関係を物語っていき、圧倒的な断絶である演奏シーンを描くことができたというのは言うまでもなくある。

しかしそれだけでなく、『ユーフォ』においては最終的に良い話だったよね、と有耶無耶にされていた2人の内面その暗い部分にもしっかり触れていた、いやだからこそ上記の演奏シーンになったということもまた素晴らしかった。

またこれらを黄前久美子という探偵なしに成り立たせたことも。

 

ラストシーンを前に、2羽でくっついたり離れたりしながら飛ぶ鳥が映る。またエンディング曲には、2本の線がくっつりたり離れたりという歌詞が存在する。あのような断絶のあとには、そんなありきたりな言葉はあまりにも軽く聞こえてしまう。

しかし、だからと言ってこのまま2人が悲しい別れを迎えると考えるのもまた早計なのだろう。

 

帰り道、2人はスイーツを食べようという話をしている。何が食べたいか。パフェ、パンケーキ、お団子。2人は「コンクール楽しみ」と同じタイミングで口にする。

音楽室の床に毛布を敷いていたとき、加藤葉月朝井彩加)と川島緑輝豊田萌絵)の会話。2人が同じタイミングで同じことを言ったとき、先に「ハッピーアイスクリーム!」と言った人は言わなかった人からアイスをご馳走してもらえるというゲーム。

みぞれは「ハッピーアイスクリーム!」と叫ぶ*10が、その会話を知らない希美は「アイス食べたいの?」と訊き、ここでもまた単に希美とそのゲームをしてみたかったみぞれと思いはすれ違っている。

だがこのすれ違いは、前のそれとは違う。

・みぞれの発言が元であり、それが帰ってくる前に希美が早合点したものではないということ

・みぞれもその勘違いを微笑みながら受け入れていること

この2点は、2人が模索してまた築いていく今までとは別の関係性の萌芽でもある。

 

 

*1:自由曲「リズと青い鳥」は、このパートばかりが演奏される。まるで他の部分は主眼でないことをアピールするかのように。

*2:例えば、『ユーフォ』1期12話の久美子の疾走。

*3:例えば、元ももいろクローバーZのメンバーである有安杏果Wikipediaページには次のような記述がある。

「グループへの加入が最後であったことや、キッズダンサー時代から表舞台での"オン"と楽屋での"オフ"を意識してきたことなどが影響し、ももクロの自由奔放な雰囲気に対しては距離を置くことが多かった。/しかし2012年の鳥取県米子市でのライブ終了後、「もっと輪の中に入ってきてほしい」と思っていた他のメンバーたちは有安と話し合いの時間を持ち、互いの気持ちをぶつけ合った。これがきっかけで、お互いがパーソナリティを深く理解し合えるようになり、有安も自分のペースで自然とグループの雰囲気に溶け込んでいった。この出来事は「米子の夜」としてファンに知られている。」

物語性を強く望まれるアイドルのページにこのような記述があることは、本音をぶつけ合い理解し合うストーリーがいかに好まれるかの証左になりうるのではないか、と思う。

*4:山田尚子の評価については、次のリンクを参照。「天才」の呼び声高く......『聲の形』山田尚子監督は『けいおん!』も手がけたヒットクリエイター - トレンドニュース

*5:花言葉は「あなたを想い続けます」。

*6:全国大会で北宇治は同賞に終わるが、全国大会編で重要なポジションを担う田中あすかは、審査員でもあった日本を代表するユーフォニアム奏者である父から最大限の賛辞ととれる言葉を贈られる。

*7:この「時間の経過」というテーゼ又はモティーフは、図書館で借りた「リズと青い鳥」の返却期限が過ぎていて、みぞれが図書委員に怒られるシーン又は同じ本を借りようとして前回の延滞を蒸し返されるシーンにも通じるだろう。

*8:だからこそ最初、先を歩く希美は階段でみぞれより高い位置におり、そのさまがみぞれ視点のカメラで映されるのだろう

*9:原作は未読なので憶測でしか書けないのは、私の勉強不足の結果でしかない。

*10:このシーンは、『ユーフォ』2期1話において麗奈が「3秒ルール!」と嬉しそうに叫ぶシーンの反復でもあるだろう。