蟄居のすすめ、本のすすめ
ゴールデンウィークがやってきた。
5月1、2日を休めば9連休。その上で4月27日を休んでいれば夢の大台10連休である。
嬉しい楽しい連休だけれども、旅行の予定を立てたくもなるけれど、休日はどこも人が多い。人混み。人混み。人がゴミのようだ。連休なら尚のことそうだろう。
こんなときは蟄居するに限るーーと言いたいところだが、そんなことを言われても、何をすればいいのか困るというのが正直なところかもしれない。
昼間から酒を飲むにしても、酒と肴のみで時間を潰すのは余程の酒飲みでなければ難しかろう。昼間から酒を飲むのはぐーたらしたいからであって、そのぐーたらを演出するためのアイテムが他にもいるはずだ。
そういうときに相性が良いのは映像コンテンツだろう。DAZNでスポーツを観ながら、あるいはNetflixやAmazon Prime Videoで映画やアニメを観ながら酒を飲む。大いに結構だ。しかし私はそれらの内1つも契約していないので、オススメを紹介することができない。
また酒自体を紹介しようにも、そもそもの酒に弱い体質ゆえに「開拓」というものをしないから、紹介できるストックがない。
そこで今回は、同じくコンテンツであることにかこつけて、本を何冊か紹介したいと思う。本選びやこの既にスタートを切った連休の過ごし方選びの助けになれば幸いである。
なお今回は、普段そんなに読書しない人を対象としている。いわゆる読者家たちは、こういう記事を読まずとも自分で読みたい本を選び勝手に読みふけっているだろうからだ。自分がどちらに属するか分からないと思うなら、当記事の最初の数冊(又は1冊)のコメントを読んで判断してもらってもよいだろう。なんというか、「ああ、そんな感じね」となる気が、なんとなく、する。
そのようなコンセプト故に、短めでかつ価格帯も安めの本を選んだ。「全部読み切るぞ」などと気張らない限り、そこまでの出費にはならないし、読みきれないこともないはずだ。
前置きが長くなった。では、紹介していく。なお紹介は、「文庫編」と「単行本編」に分けて行ない、文庫編では、文庫本とコミックを、単行本編ではハードカバーの本を扱う。
文庫編
はい、いきなりヒット小説乙~wwwと骨董品みたいなネット用語での罵倒が聞こえてきそうだが、始めにこれを紹介したい。2017年に浜辺美波、北村匠海のダブル主演で実写映画化され、2018年にはアニメ映画が公開予定の「キミスイ」。
これはいわゆる「難病モノ」だ。恋愛と難病/死というのはいつも人気を集める題材だが、ゼロ年代は特に多かった。「乙~w」なんて言っていた頃の話だ。
ネット小説発で、難病モノで、Mr.Childrenが主題歌というとケータイ小説『恋空』が頭をよぎる。ケータイ小説には、J-POPの歌詞や雑誌の投稿欄におけるエピソード告白からの色濃い影響がみられる*1。しかし「キミスイ」の場合、ヒロイン桜良の口調や「僕」の視点での地の文などからはむしろライトノベル、キャラクターノベルからの影響がみられる。文体としても、詩のような形でなく、小説風のまとまった散文形式になっている。だから読みやすい。印象に残りやすいタイトルも含め、よくできている。
似ているとしたらアレに近い。「ゲーセンで出会った不思議な女の子の話」
25歳童貞の怪獣オタク芸人佐藤が市川理沙に初恋をする、ただそれだけの話だ。ピュアと意気地なしはどうやら紙一重らしく、そのウジウジさにもやもやする。読んでいて気分が晴れるものじゃない。
佐藤は、良くある初恋と同じく舞い上がり落ち込む。しかし理沙は学生ではないし、舞台も学校ではない。格上のライバルはごまんといる。恋愛に不慣れなことの残酷さと悲しさが描かれている。芸人と冠しつつ明るいコメディではない。
滝本竜彦とか銀杏BOYZとかにハマったことがある人は、一度読んでみてはいかがだろうか。
ちなみに『初恋芸人』は2016年に柄本時生主演でドラマ化されている。市川理沙役は元SKE48の松井玲奈。『100万円の女たち』といい、彼女は童貞を殺せそうな役が多いのか……?
宮崎夏次系『変身のニュース』(モーニングKC(講談社)、669円(Kindle版540円))
少し趣向を変えて漫画を紹介しよう。宮崎夏次系の短編集だ。
まず表紙がキュートだ。タイトルも素晴らしい。何が起こる=変身の予感はあるが、実際にあるのは一報ばかりであり、それは身の回りに訪れない。そんな平凡な残酷さがが短いタイトルに表れている。
『桐島、部活やめるってよ』にも似たエモさがある。この「エモ」を他の言葉に置換しようとするとそれだけで記事が1本できてしまうのでここでは「エモい」という安易な言葉に逃げこませてほしい。特に「成人ボム、夏の日」がエモい。エモエモだ。
松岡茉優主演で映画化もされた作品。映画も原作からうまく脚本に落とし込んでいて大変に楽しめたが、小説にも小説の魅力がある。
綿矢りさの魅力の1つにあるのは、デビュー作『インストール』(河出文庫、410円)の頃から、自己省察と他者の観察の過程をはっとする言葉で提示する、その言葉の力だと思う。痛々しいヨシカの暴走の中に乗っかっていると、そんな言葉に出会い、そのページから目が離せなくなる。これは小説でなければ味わえない。
町田康『パンク侍、斬られて候』(角川文庫、691円(KIndle版、465円))
諸国を流浪する凄腕剣士が、悪徳新興宗教「腹ふり党」が跋扈して困っているとある藩で雇われ、邪教の蔓延を阻止すべく頑張る――これだけ見ると普通の時代小説なのだが、タイトルがいかんせんパンク侍なのだ。パンク侍とはこれ如何に。
そして上記のあらすじだが、そもそも「腹ふり党」は主人公・十之進の虚言であり、しかしそれは実在し数年前に解体されていたことが発覚する。死刑になりかけた十之進は偽の「腹ふり党」をでっち上げることにする……と、まあむちゃくちゃだ。挙句、江戸時代の話のはずなのに、「夏目漱石の『吾輩は猫である』は読んだか?」なんて会話が出て来るのだから、時代考証もなにもあったものじゃない。
では、つまらないかというとそうではない。抜群に面白い。会話一つをとっても面白いし、嘘が嘘を呼ぶドタバタっぷりも面白いし、それ自体が壮大な皮肉になっているのも面白い。
流行り言葉で言うと「クセが強い」ため、あまり人に勧めるような小説ではないと思う。けれど紹介したのは、6月30日に綾野剛主演、宮藤官九郎脚本、石井岳龍(聰互)監督で実写映画が公開されるからだ。流行には乗っていきたいところだ。
単行本編
若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(KADOKAWA、1,350円)
斜に構えていたという若林が、一歩そこから踏み出し、出来事や人に寄り添うように書いたようなそんな旅行記に仕上がっている。行き先は、資本主義国日本の首都であり広告の溢れる街・東京とは大きく異なる共産主義国のキューバ。だから、どんな旅行記も日常を相対化するものだが、その度合いが否応にも大きくなる。
しかし彼は、そんなキューバに変に肩入れをするでもない。革命博物館を見て、魅了されそうだと書きつつ、「そうだ」と書く時点でそこから距離をとっていることが分かる。やはり斜に構えているのか、と思えば、しかし現地の人と食卓を囲い、くだらない失敗談でガイドと大笑いする。そこには確かに、等身大の血の通った交流がある。
このバランス感覚や肩ひじ張らなさが見事な旅行記。1章が短いから小分けにしても読みやすい。
文月悠光『臆病な詩人、街へ出る』(立東舎、1,728円)
八百屋に行ったことがない、「臆病な詩人」の「私」(著者)が、編集者に乗せられ様々な体験をするなかで感じたことを文章にしていく――という形をとった連載。まずこのコンセプトが面白い。
だがこれは、出歯亀的精神を慰めるためだけの文章ではない。若い女性の珍道中ではない。1人の人間が悩み、発見していく営みである。
それを先ほども述べた面白い形式で、リーダビリティ高く作品化してくれている。
海猫沢めろん『キッズファイヤー・ ドットコム』(講談社、1,404円)
これは子育て小説である。ホストの。
物語は、歌舞伎町にあるホストクラブ店長の白鳥神威の家の前に赤ん坊が捨てられていたことから始まる。母親に心当たりはないが育てることを決意した神威は、クラウドファンディングで育てることを思いつき実践していく。
荒唐無稽な話だ。ホストのキャラ造形から赤ん坊との出会い方、その後の展開まで。しかし馬鹿らしさを薄皮一枚めくれば、現代における子育ての苦悩や問題がしっかり描かれている。
また、ホストの荒唐無稽さだけで終わらぬよう姉妹編として少し大きくなったくだんの赤ん坊の話が併録されているのも、批評性があって良い。
深刻な諸問題を扱いつつも、物語に乗せて読みやすく、そして心に染みやすくできるのは、フィクションの力である。
以上、文庫編5冊と単行本編3冊の計8冊を紹介した。いかがだっただろうか?
自分自身で振り返ってみると、文庫編については、「メディア化作品挙げとけばええやろ」というような一種の開き直りが透けて見える。まあね、刷られるからね、本屋でも見つけやすくなるからね、とか自分に言い訳して……。
ゴールデンウィークに、という趣旨は何処へやら。思いのほか投稿が遅くなった。
ビジネスにはスピード感が肝要とはよく言われるが、私もKindleでビジネス書を読み、こうそくいどうで素早さをぐーんとあげるべきなんだろうか? なんて考える今日この頃。
今日この頃、みなさんはいかがお過ごしだろう?
この記事で蟄居勢が増えたらば、私も人が減ったことに乗じて外出できるので、幸いである。