やがて国になる: 『名探偵コナン ゼロの執行人』感想
最近、ツイッターのタイムラインで安室透の名を見ない日はない。みんなが安室の話をしている。
どうも安室の話をしているのは、映画を観て安室の女つまり国になってしまったかららしい。この文章、しかし何を言っているか分からない。「安室の女」はまだいい。「国」ってなんだ? かの跡部景吾も王国を建てるしファンは国民だが、いまだかつてファンを国にした人はいないはずだ*1。
ここまで話題にされると、コナン映画を映画館で観たことがない私でも、安室透を一度も観たことがない私でも、気になってしまう。
というわけで、去るこどもの日、たくさんの子どもたちとお姉様方に囲まれながら『名探偵コナン ゼロの執行人』を観てきた。
今回の記事はその感想文である。例のごとくネタバレを含む。
でさ、どうなんよ、と。
「国になる」の意味が分からなくて思わず劇場に足を運んだのだろう? と。
でさ、けっきょく国になれんの? 安室の女になれんの? と。
結論から言えば『ゼロの執行人』は「国になる」以外の選択肢がない映画だった。
「安室の女になる、と言っても安室透が大活躍していることをパワーワードチックに言っているのだろう」ぐらいに考えていたが、それどころではなかった。作品に対して肯定的な評価を下そうと思えば、安室の女になるしかない。それくらいに作品全体が安室透にステータス全振りだった。100%濃縮還元安室。
だから、安室透メイン映画として観るならばあまりにも100点満点だ。
だがその反面、作品全体としてはけっこう粗い。
つべこべ言っていても仕方ないので、具体的に中身を見ていこう。
5/1に迫ったサミット。今回のサミットは東京湾に新しく建設された複合型施設エッジ・オブ・オーシャン(以下、EOOとする)で開催される。また同日には観測衛星「はくちょう」が宇宙から帰還する予定になっている。一方そのころ阿笠博士は高性能ドローンを完成させていた!
(これが開始5分程度でざっくり説明される。正直言って情報過多だが、覚えていなくてもあんまり支障はないので軽く流してもらってかまわない。)
事件は、このEOO内で警察関係者に死傷者を出す爆発が起こったことに端を発する。
当初は事故として処理されかけた爆発は、サミット会場を狙ったテロ事件として捜査されることとなる。しかし開催前のサミット会場でテロ? どうもおかしい。すると今度は、東京中で家電が暴発する事故が起こる。サミットの爆発は序章に過ぎなかった。犯人の本当の目的は、このIoTテロだったのだ! 果たして犯人は? その目的は?
上記が『ゼロの執行人』のざっくりとしたあらすじである。
まあ、もっと長いやつをお望みならばWikipediaを読むことをおすすめする。
このあらすじだが、いろいろとツッコミどころがある。
IoTは、モノのインターネット(Internet Of Things)を現わす言葉だが、はっきり言ってこれを聞いても意味がよく分からない。工場の故障予測も、トイレの利用状況可視化もIoT。とりあえずいろいろあってぼんやりしている。
だから、IoTテロという言葉は非常にぼんやりしていて、ぶっちゃけ何を言っているのかわからない。とりあえず、家電やべーってことしか分からない。けどコイツがずっと事件の根幹に居座るから、事件全体もぼんやりしてしまってイマイチ緊迫感に欠ける。
しかも最初の爆発もIoT圧力鍋が原因なのだが、この製品がIoTであるメリットはゼロ。むしろ「ゼロの執行人」ってここにかけてんじゃねえのか、ってくらいゼロ。具材入れるとき絶対近くにいるんだからスマホから遠隔操作できる意味ねえだろ、馬鹿かよ*2。
あと、とうとう少年探偵団が知性を獲得してしまった感じがして、私は少し寂しかった。阿笠博士が開発したドローンの操作は普通に難しすぎて、なんで1人であれだけ操作する設計にしたのかが意味分からないぐらいなのだが、なのにあっさり使いこなす彼らが凄すぎる。むしろあいつらの中身が高校生でも驚かない。
――と、まあいろいろとある。挙げようと思えばもっとある。
けど、どうでもいいのだ、そんなことは。
恋のために命をかけている男の子たちが観られれば、ぶっちゃけあとはどうでもよい。*3
その意味で言えば『ゼロの執行人』の見どころもとい全ては、解決パートで挟み込まれる怒涛の安室カーアクション3連発である。
そして上記の瑕疵含めたあらすじの全ては、安室透が気持ちよくカーアクションできるためのお膳立てでしかない。全ての道は安室に続くのだ。安室透にステータス全振りとはそういうことだ。
1回目は、観測衛星「はくちょう」が制御不能になり警視庁に直撃することがわかったあと。コナンはいつもの如くスケートボードに乗り犯人のもとへ急ぐのだが、安室も同様の結論に至り同じ人のもとへ急ぐ。
しかし街はIoTテロの影響によるカーナビシステムの暴発により大混乱になっていたのだ! ドリフトを決めまくる安室が思わずカメラ目線で叫ぶ「IoTテロ!」いや、だからIoTテロってなんだよ。
いろいろ解釈はあるだろうが、ここで言うIoTテロとは街中で安室にカーアクションをさせるために仕掛けられたトラップ全てを指していると思ってもらって構わない。
ちなみにこの直後、安室は、高速道路から落ちてきた車に衝突してクラッシュする。フロントガラスを割り「行け!」と叫ぶがこれまた直後に追いつく安室。つよい。
2回目は、警視庁に落ちる「はくちょう」に、公安で回収していた爆発物を少年探偵団が操縦するドローンで運び、10km/sで落下する物体(「はくちょう」)のほぼゼロ距離で爆発させたものの、そのせいで軌道の逸れた「はくちょう」が、EOOのカジノタワーに激突することが判明してから始まる。
警視庁から周囲半径数kmにいた人々は、落下に備えてあろうことかEOOに避難していたのだ! そして、カジノタワーには蘭がいる!!
……お前、出歩くたびに何か起きてんな……もう外に出るなよトンガリヘッド。
コナンを助手席に乗せEOOに向かう道路を疾走するRX-7。ちなみにフロントガラスは割れている。
しかしEOOへの避難が起きていると、どうして知って何のために向かっているのか分からない人たちによる渋滞で道路はパニック!
すかさず安室、2車線で並ぶ車の間を通り抜け、そのまま壁に突っ込むかと思いきや壁づたいに片輪走行! かっくいー! と、安室、今度はモノレールの線路に飛び乗った!
前からはモノレール。「前からモノレールが!」と当たり前すぎることを言うコナンを腕で押さえ、明らかにぶっ飛んだ目をした安室は、正面からモノレールに!
……と思いきや、今度はモノレールの車両をつたって片輪走行! そのままビルにダイブ!!
……いや、なにやってんだよ。普通に引くわ。
コナンも「さすがに死ぬかと思ったぜ」なんて言うわけだが、モノレールの前までに普通は570回くらい死を覚悟するからたぶん君も相当おかしい。
ビルに飛び移った後は車ごと貨物エレベーターに乗り込むのだが、このとき映る車のフロント部分は上記の無茶によりバコバコ。たぶんガチャピンが日常的にDVを受けたらあんな感じの顔になる。
3回目のカーアクションを前にして、コナンは安室に問う。
「安室さんって彼女いるの?」
その質問、絶対にいまじゃない。
しかし公安のトップ29歳の安室透はそんな質問にもちゃんと答えるわけです。
「僕の恋人は……この国さ」
このセリフが示すのは、今までの安室のカーアクションは国を守るための行動であったが、それが同時に恋人のための行動でもあったという事実だ。
つまり、安室もまた恋のために命をかける男の子だったのだ。モノレールに突進する際の滾りきった目はその少年性の発露だったというわけだ。その少年性において、安室は今作の主人公たる資格を得る。
そして上記のセリフの直後、あのメインテーマ曲がかかる。
うん、タイミング的には最高にそこなんだけど、たぶんそこじゃない。
カウントダウンが「ゼロ」になった瞬間加速するRX-7。
「速度が足りない!」 からビルのなかをもう一周! なんかカーブで明らかに減速してるけどそこは雰囲気だ! いっけえ! 宙に飛び出るRX-7! 身を乗り出してサッカーボールを蹴るコナン! なんだよ、お前ジャマだよ安室を映せ馬鹿!
サッカーボールの力で微妙に軌道がそれ、カジノタワーには衝突せず海に飛び込む観測衛星。コナンの胴を掴み抱え込む安室! キャー! あむぴ~! 銃で窓ガラスを割って飛び込むあむぴ~! 腹チラ~!!! あむぴ~!!
……と、まあそんな映画だ。『ゼロの執行人』は。
IoTテロは街中でいろいろトラップをしかけたり、衛星を落としたりして安室が最大限カーアクションしないと日本がヤバいってことにするためのガジェットでしかないし、ドローンだってカジノタワーを危機に曝すためのものでしかない。
そんな今回の事件。犯人は、EOO爆発の件における小五郎の公判において、検察側として裁判に出ることになっていた日下部誠だった。理由は、協力者になってもらっていた羽場二三一が公安の異例の取り調べ直後に自殺したことによる警察への復讐。
しかし、その公安の取り調べを行ったのは実は安室であり、羽場はそれまでの人生を捨てることを条件に生き延びていたのだった!! な、なんだってー!
……って、つまりすべてキッカケもオチも安室さんですよね……。
これが100%濃縮還元安室の意味だ。安室キッカケの復讐心で犯行に手を染めた犯人が作りあげた舞台で安室が活躍する。なんというマッチポンプ。安室の永久機関。安室は熱力学第二法則すら超えるのだ。
あげく、メインテーマが安室きっかけでかかるのだから、これはもう安室の映画と言うほかない。完全に主人公は安室だ。
ぶっちゃけ安室のアイドル映画として観るならばまったく文句のない出来だ。
福山雅治の主題歌「零―ゼロ―」でも歌われている「複数ある正義」が今作のテーマだが、そんなことはもはやどうでもいい。というか、もうカーアクションが始まったあたりで、「今回の安室さんは『敵』かもしれない」とかいうコナンの心の声とか記憶の彼方に飛んでる。
もうそこからは、ずっと「キャー! あむぴ~!」のテンションで観るくらいでいい。
すべては「パネェ」「パナクネェ」の2択で考えろ。HiGH&LOWの世界なんだよ、ここは*4。
私たちに許された評価軸は、安室が「パネェ」か「パナクネェ」かという2択のみであり、だからこそこの映画に肯定的な評価を下そうと思えば、安室を「パネェ」と思って安室の女になるほかないのである。この自動ドアみたいに。
ゼロの執行人の自動ドアのシーン 他の人がやたらつっかえてもたついてるのに安室透が通るときだけスッと開くの明らかにえこひいきで笑った 安室透とわかった瞬間すぐ足を開くのかよ 淫乱な自動ドアだな
— 生きているのがムチャクチャ楽しい (@45sabanomisoni) 2018年5月4日
先述したのはそういう意味だ。
そして、安室の彼女は「この国」である以上、パネェと思った人はみな国にならなければならないというわけだ。なんておそろしい映画だ……。
では、うだうだと書いてきたお前はどうなのか? お前は、国になれたのか? そういう話になるのは当然だろう。
コナン映画に触れるのが遅かったせいか、生来の捻じれた性格のせいかコナン映画を超大作アクションギャグ映画として観てしまう私は、今回の映画をなかなか楽しんで観てしまった。
特にコストコで公安が会話しているシーン、最高。安室はガチ。
いろいろ言いたいことはあるけれど、楽しめる映画なのは間違いない。
榎本梓のおっさん臭いセリフとか風間のポンコツぶりとか細かいところは無限に気になるけれど、大事なことはHiGH&LOWの精神だ。
安室のヴァイヴスを感じてブチアガって生きろ。ド派手にな。