ヤンキーになりたかった

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ジョンソン&ジャクソン「ニューレッスン」感想

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6/27水曜日、仕事帰りに渋谷に行った。

ジョンソン&ジャクソン「ニューレッスン」を観るためである。

 

ジョンソン&ジャクソンは、ナイロン100℃の俳優・大倉孝二と劇作家・演出家のブルー&スカイによる演劇ユニットだ。

このうちブルー&スカイは、元々猫ニャー(のちに改名し、演劇弁当猫ニャー)の旗揚げメンバーで、全作品の作・演出をしていたのだが、猫ニャーの特徴はナンセンスコメディ、このレビューによると、ブルー&スカイ*1は「小劇場で"ナンセンス"と言えばこの人」という存在だったようだ*2

その彼と、これまたナンセンスや不条理を出自とするナイロン100℃の大倉がわざわざユニットを組むのだから、必然ジョンソン&ジャクソンもナンセンス志向になる。

ナンセンスと口で言うのは簡単だ。あの芝居はナンセンスだよ、と評すのも簡単だ。しかしその魅力はその場で体験してみないことには伝わらないし分からない。果たしてどんなものなのか、そう思って足を運んでみた。

これはその感想文だ。上記の内容を踏まえるならば、ナンセンス劇の感想文はほとんど意味をなさないということになるが、都合の悪いことは忘れていくのが社会でうまく渡っていくコツであるらしいのでその練習がてら書き進めることにする。

 

 

まずは「ニューレッスン」のあらすじを書こう。

柳田(大倉)は、社長の息子(ブルー&スカイ)の紹介でとある仕事に就き、彼はそこで最ベテランである白川妻(池谷のぶえ)の指導を受けながら仕事を覚えていく。薄給で彼も貧乏だが、それでも彼は大いなる野望のためにそれをなさねばならなかった。

物語にはこのほかに、雑誌「まなりき」の創刊を目指す白川夫(いとうせいこう)、白川妻の兄(池谷のぶえ、2役)、白川夫の新しい妻(小園茉奈)が絡んでくる。

 

柳田の野望は「金も大事だが、愛も大事である」という言葉が世に浸透し、世の中の人が愛に目覚めるような効果を持つ「愛の館」を建築することである。そのために、彼は館の構想を練らねばならず、またお金を稼ぐ必要があった。

そんな彼の夢は、世のあらゆる愛をまとめた雑誌「愛の力」創刊を目指す白川夫に一笑に付される。柳田は白川夫を最初は軽蔑するが、柳田が白川妻の大腸から取り出した15年前の雑誌に白川夫が柳田と同様のテーゼを幾度も繰り返す論文を掲載していたことを知り、感銘を受け、是非とも弟子入りしたいと思う。

だが、実は白川夫は借金で首が回らなくなっており、「金も大事だが愛も大事」の先を行く「金も大切だが愛も大切」を説く愛のレッスンをしてやりたいが、先立つもの=金がなくては……という状況。しかし柳田にも金はない。そこで柳田は、世の人の大腸から金品を盗み取る大腸専門の掏摸をすることでレッスン代を稼ごうとする。

 

このあたりで一旦やめよう。

上述のあらすじは、その芝居を見ていない人には一切意味がわからないと思うので、主に大腸のくだりを説明していこうと思う。

そのためにまずは、物語最序盤の話をする。

 

客入れ音楽が大きくなり暗転する。開演である。明転したとき、舞台上には書割の熊がある。また白川妻が板付きでおり、熊の肛門と思しき位置に手を突っ込んでは、ぐちゅぐちゅというSEと共に「何か」を取り出し、バケツに投げ込んでいる。

そして話は、上述した、柳田が新しい仕事に就き白川妻の指導を受けるシーンに続いていく。

白川妻がしており、また柳田が従事することになる仕事とは「書割の熊の大腸を掃除する仕事」*3である。

 

この情報をもとに、再度物語を見てみよう。

柳田は、書割の熊の大腸を掃除する仕事で身につけたスキルで、書割の熊に挟まれた白川妻の大腸から15年前の「愛の力」を取り出した。白川妻は非業の死を遂げるが、仕事およびその白川妻の際の経験をもとに、大腸専門の掏摸となる。通行人の大腸から金品を盗み取ることで、15年前の「愛の力」誌上に愛の論文を執筆した白川夫のレッスン代を何とか捻出せんとしたのである。そして、柳田は一度掏摸の現場を押さえられるなどしたが、最終的に何とかレッスン代を手に入れる。

 

物語には2つのレッスンが登場する。白川妻による大腸の掃除のレッスンと白川夫による「金も大切だが愛も大切」のレッスンである。そして、物語のより後半で出て来る後者を受けるため、前者で得たスキルを用いるという構造をとっている。だからニューレッスン*4

この構造だけを見るならば、かなりしっかりした作品にも見えて来る。実際、私も観劇直後はそう思った。しかし数秒後、芝居の内容を振り返ろうとした途端に、頭がぐらぐらするような感覚に襲われることとなった。

何しろ、肝心なことは何一つとして説明されていないのである。説明されることなく事態は進行していき、そして皆が静かに狂っていた。

 

作品中のキーワードは、以下が挙げられるだろう。

書割の熊、愛の館、「金も大事だが愛も大事である」(「金も大切だが愛も大切」)

 

書割の熊だが、これは脚注3のとおり、あくまで「書割」として扱われる。

だから非生物である書割の熊の大腸を掃除して何が出て来るのかが分からないのだが、これについては一切言及がない*5し、それどころかそもそも誰も気にしていない。途中、池谷のぶえが、大腸から取り出しバケツの中に溜めた「何か」をパン生地のようにこねるシーンがあるが、何のためにこねているのかは微塵も分からない。

ちなみにこいつは、何年も前に白川妻兄が作成したものだが、その当時から社長の息子のパパ=社長(ブルー&スカイ、2役)の言う新事業に関わっているらしい。しかし、書割の熊が事業とどう関係するのかは一切語られない。なおこれは、最ベテランである白川妻も知らないそうで、物語開始当初は少し気にしているのだが、社長の息子が説明しようとすると柳田と白川妻から明確に拒否され、結局最後まで語られることはない。

 

愛の館の構想は、最後まで語られることはない。

語られるシーンは、そこだけピンク色の照明が入り、柳田が、愛の館が存在しないという謝罪⇒存在するんです! を繰り返して言うだけでそれ以上の情報は出てこない。

しかし、彼の中で着実に構想はできつつあるらしい。

だが、これよりも謎なのが「金<愛」である。

 

この説を唱えるのは柳田と白川夫だが、2人とも金がなくて困ることになる。

つまり彼らにとっては、金が何より大事な状態が訪れ、そして実際にそれを何とかすべく金策に走るのである。

柳田は大腸専門の掏摸をすることで、白川夫は老人の寝汗と水あめを掛け合わせることで。

また「金も大事だが愛も大事」から「金も大切だが愛も大切」へと白川夫の哲学は変遷するのだが、この差異がイマイチわからない。これに対し柳田は、「なんかこう、一段と深みが、増したような気が、する」と言っている。

しかし愛を語るには、柳田には社長の息子意外に親しい人がいない(社長の息子には、一緒に妖精が何色かを考える恋人がいる)し、白川夫は妻の死後4,5日で新しい妻に田舎のヤンキーみたいなプロポーズをしている。

つまり彼らにそれを説く資格は物語上存在しておらず、また肝心のテーゼについても、わざとらしく面を切ってセリフを言っていたり、論文中で策もなく7回も連続で繰り返していたりと、かなり茶化されて使用されている。だが、彼らはどうやらそれを堅く信じてしまっているらしいのである。

 

私は、何もこれらの点を批判したいわけではない。

むしろこの説明を一切せず(むしろ作中で明確に拒否し)、またそれ故に登場人物がそれをある意味では受け入れてしまっている、ツッコミを入れる段階が、客席にいる私たちより少し上であるという点、つありどこか静かに狂っている点にこそがナンセンスの矜持なのだろうと感じ、驚き、またそれを堪能したのだった。

この驚きは、実際にどのような会話がなされるのかを目にいしていただくのが、一番お分かりいただけると思う。

それでも読者の皆様のために何とか言葉にするとすれば、なんだかよく分からないが気づけばじわじわと笑いがこみ上げ常駐していたといった感覚である。スピード感があるわけじゃないし、明解な論理があるわけじゃない。しかし、なんだか気づけば笑いだしていて止まらないのである。それは楽しかったし、また少し恐ろしい体験でもあった。

 

私は今回、ナンセンスとはどんなものか、と思って観劇したが、一見まとまったようなストーリーの裏に静かに横たわる狂気に当てられてしまった。

大いに笑った。涙が出そうになった。

「書割の熊」は何度思い返しても卑怯だし、加えてほかの、初めて見るような可笑しさやなじみ深い可笑しさも楽しませてもらった。

 

芝居の感想で難しいのは、基本的に芝居は足が速いことだ。だから感想を書いても、当の公演が既に終わっていて、また映像化や再演の予定がないという場合も多い。

これを書いたところでどうなるというんだ。公演関係者がエゴサーチして観に来る以外に意味はあるのか、などと訝ってしまうのは正直否めない。ナンセンス芝居の感想を~と上述したが、そもそも劇評そのものが詮無いことなのかもしれない。

ね。楽しかった*6けどさ、やっぱり「書割の熊」って言われてもさ、なんのことやらね。

 

■公演データ

ジョンソン&ジャクソン「ニューレッスン」

出演者 大倉孝二 ブルー&スカイ 池谷のぶえ いとうせいこう 小園茉奈

上演時間 約1時間45分

東京 6/21~7/1 @CGBKシブゲキ‼︎

大阪 7/6~7/8 @ABCホール

 

 

 

*1:レビュー中では改名前なので「ブルースカイ」と表記。改名は2012年。

*2:日本現代演劇においてナンセンス(不条理)を行ったのは別役実であった。また別役の手法は80年代以降、ケラリーノ・サンドロヴィッチKERA)による劇団健康(のちにナイロン100℃)にナンセンスコメディとして引き継がれている。このためナンセンスはブルー&スカイの専売特許ではないことを念のため付記しておく。

*3:「書割」の部分は、社長の息子の口から明言される。

*4:たぶんそんな意図はないか、後付け。

*5:台詞によると、こけしが出てきたのは異常事態らしい。

*6:面白かったというより、やはり楽しかったというのが一番しっくりくる感想である気がしている。