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『劇場版フリクリ オルタナ』感想: 僕たちはケバブ屋の女が見たかったわけじゃない

先日、『劇場版フリクリ オルタナ』を観た。これまでも散々、様々な方が感想文を書かれていると思うが、これもそれらに類する感想文である。

以降の記述は、『劇場版フリクリ オルタナ』およびOVAフリクリ』のネタバレを例のごとく含む。そういうことを気にされる方は、鑑賞後にお読みいただくことをおすすめする。

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会社を休んだ日、私はTOHOシネマ新宿で昼間からこの映画を観た。別にそのために有休を取ったわけではないが、図らずもそういう形になった。

この映画に期待していたわけじゃない。ディス記事と思しきタイトルの感想文がいくつか存在することは知っていたし、 PVを見たときから不安はあったからだ。

鑑賞後、下りエスカレーターに乗りながら、私は目尻が少し濡れていることに気づいた。それは感動のため涙ではなく、ただただ悲しかったから溢れてきた涙だった。当記事は、『劇場版フリクリ オルタナ』のディス記事である。

(なお以降は、『劇場版フリクリ オルタナ』を『オルタナ』、『劇場版フリクリ プログレ』を『プログレ』と呼称し、『フリクリ』とはOVAフリクリ』を指すものとする)

 

■ピザ屋の彼女じゃないからハル子をグレッジで打つベンジーはいない

いきなり自分語りで申し訳ないが、私が初めて『フリクリ』を観たのは今年の春である。幸いかなり楽しんで観ることができた。榎戸洋司による小説版に電子書籍童貞を捧げるほどにはハマった。けれども、『フリクリ』はもう私にとって「思春期に観て毒されてしまった作品」にはなりえないし、聖書や聖典のように君臨するマスターピースにもなりえない。

だから、仮に『オルタナ』の出来が酷くとも、これは『フリクリ』じゃない! と憤らないし、よくある凡作の一つとして軽く受け流せる……はずだった。しかし、実際はそうじゃなかったことは上述の通りである。

端的に言おう。私にはどうしても、『オルタナ』という映画においてハル子が根本的に邪魔にしか感じられなかった。

 

フリクリ』において、ハル子(新谷真弓)の登場シーンは劇的である。いきなりベスパに乗って高速で突っ込んできて、ナンダバ・ナオ太(水樹洵)を轢く。更にはギターで彼の頭を殴る。

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ハル子は、そんな滅茶苦茶な存在として描かれる。滅茶苦茶で、自由で、滅茶苦茶。大人ぶって、「特別なことなんてない」と達観するナオ太にとって、ハル子は〈特別〉な外部として映り、やがて彼女に強烈に惹かれていく。そして、1話開始時点以前から続いていた、サメジマ・マミ美(笠木泉)との、兄・タスクの代替品として求められる関係も変わっていく……。

フリクリ』のハル子は、いろいろなものが変わっていく契機となる存在であったし、滅茶苦茶な外部でありながら、メディカルメカニカ(MM)に捕らわれた海賊王・アトムスクを追うという目的に縛られた人間であったし、そして彼女抜きには物語が成立しない確かな存在感を放っていた。

 

対して『オルタナ』のハル子は、『フリクリ』の彼女とまったく異なっている。

もちろん、「フリクリ」の名を冠すからと言って、ハル子の造形をそのまま反復する必要は必ずしもない。「フリクリ」を改めて作ること、ハル子を作り上げることについて、新谷真弓は『オルタナ』の初日舞台挨拶でこう述べている。

新谷は「本来、監督さんに役者から意見を言うなんておこがましいことなんですけれど」と恐縮しながらも「もともと鶴巻さんが作られた『フリクリ』っていうのは、プライベートフィルムみたいなものなので。違う人が作ったら同じハル子にはならないですよねって。それに対抗するには、上村監督のプライベートフィルムにするしかないって話になって」と語る。

【イベントレポート】「フリクリ オルタナ」舞台挨拶に新谷真弓&上村監督「自分の中のフリクリを探して」 - コミックナタリー

 だから、多少彼女の造形が変わったとして、こちらが問題を指摘する余地などないのである。常識的な範囲であれば。しかし、フィルムにおいてハル子のいる意味が損なわれるならばその限りではない。

 

 『オルタナ』1話*1のあらすじは以下の通りである。

どこにもでもいるような女子高生・河本カナ(美山加恋)は、友人のペッツ(吉田有里)、ヒジリー(飯田里穂)、モッさん(田村睦心)と、休憩時間や放課後にダベる感じの日常を過ごしている。ある日、アルバイトしている蕎麦屋にハル子がやってくる。その夜、いつものようにハム館に集まっていた4人は、ペットボトルロケットを作ることにする。ロケットは完成するが、まだ可愛くない! から飛ばさない。翌日、みんなでロケットをデコり、いよいよ完成! となったところで、空からGoogleマップのピンみたいなやつが降ってきてロケットを破壊してしまう。更にはそのピンが、気色悪い何かに変形して……。

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オルタナ』におけるハル子の初登場シーンは、上述の通り、蕎麦屋にぬるっと入ってくる場面である。劇的な登場もないし、以降も彼女は物語にぬるっと入ってくる。カナはその後のハル子との遭遇において頭を殴られるのだが、その登場の仕方か彼女たちはハル子を自然と受け入れてしまう。

つまり、今作の彼女は外部ではありえない。

物語の始まりには、いつも〈事件〉がある。殺人事件も、人間関係の不和もすべて〈事件〉だ。ハル子という外部から例えばナオ太の頭に現れたツノのような形で問題がもたらされるのではないとすれば、それはカナたちという内部から噴出するほかない

これに関して象徴的なのは3話「フリコレ」だろう。ファッションデザイナーを目指すモッさんは、専門学校の学費を稼ぐためのバイトとコンテストの作品作りの末に過労で倒れてしまう。カナはモッさんを助けようとしヒジリーとペッツにも協力を求めるが、モッさんはこれを激しく拒絶する。

そう。オルタナ』の各話は、この3話がそうであったように、ハル子やMMなしでも十二分に始まりうる=〈事件〉が発生しうる話なのである。

大学生フォトグラファーと付き合うヒジリーは、彼がハル子に一目惚れしなくともどこかでフラれただろうし、カナにもどこかで進路についてちゃんと悩み決断を下さないといけないリミットが 来ただろうし、ペッツもどこかで母親との関係に限界がきただろう。

 

いやいや、1話でペットボトルロケットが破壊されたのは確実に外部からもたらされた事件だ、という指摘はあるかもしれない。確かにその通りだ。しかし、そのGoogleのピンが、そこに落ちてくる必然性はあっただろうか? そしてそれがその後の話に影響を与え得ただろうか?

答えは両方否である。ピンが落下してくるのはカナたちがハル子と交流を持つ前*2であり、彼女らにMMからのアクションがとられる謂れはない。また、5話「フリフラ」においてペッツがターミナルコアに出会い巻き込まれるのはピンの落下したハム館においてだが、これがなくともペッツは火星に旅立っただろうし、カナたちの問題を主眼に据えたとき、ピンが何かの決定的契機になったとは言い難い。

フリクリ』の問題だって多くはナオ太の問題だったじゃないか、としう指摘もあるかもしれない。その一面は確かにある。しかし、そのナオ太の内面の激流は、ツノや猫耳という頭部に現れる変化という形で確かにハル子と結び付けられていて、解消というカタルシスに至るための戦闘の開始と不可分になっていた。

オルタナ』において、MMのロボットは唐突に現れる。ロケットをデコっていたときに、体育館の倉庫でキスをしようとしたときに、ハム館を訪れたときに。この登場は、まるでそれがノルマだからと言うかのようであり、必然性が感じられない。

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物語の開始に絡めないならば、ハル子は本来〈事件〉と関係性の薄いはずのMMのロボットに対し大立ち回りを演じ破壊することで強引に〈事件〉が解決されたかのように見せ、人生訓を述べる便利な機械としての役割に堕すしかない。

だが、これはそもそもMMのロボットが暴走しなければハル子の出る幕すらなかったことを意味してしまう。人生訓を述べるだけならば蕎麦屋の店主であるデニス用賀(森功至)であっても良かったからだ*3

加えて、『オルタナ』におけるMM的表象が、MMという形をとっていけなればならない理由は、『フリクリ』の新作と銘打っているというプロデュース上の理由以外には存在しない。オルタナ』のハル子がMMを敵視する理由が一切分からないからだ。

フリクリ』において、アトムスクを捕らえたMMはその奪還を悲願とするハル子にとって敵であった。しかし、『フリクリ』の6話においてアトムスクはMMからの脱出を遂げている。だから『オルタナ』においては、MMと敵対する別の理由があるはずなのだ*4が、それが語られることは一切ない。

MMとハル子を結び付けるものがないならば、MM的表象つまり世界を滅ぼし、「明日が昨日の寄せ集め」みたいで永遠に続くと自分を騙すには十分なほどに単調な日常を終わらせるものの表象がMMである必然性はない。ならば、MMのロボットが暴れる必然性もない。

以上から導き出せるのは、オルタナ』においてハル子が不要であるという残酷すぎる結論に他ならない。

 

 不要であるはずの『フリクリ』の設定を使用するために必然性なく挟み込まれるMMのロボットの登場はいびつにならざるをえない。

フリクリ』6話「フリクラ」において、猫のタッくんを失い、ナオ太のタッくんが自分の御せない対象となったことで、マミ美は新たなタッくんを見出すことになる。それが実はターミナルコアで、そうとは知らず機械を与えて成長させてしまったせいでマミ美は最終決戦に巻き込まれる。

オルタナ』におけるターミナルコアの登場は5話である。ペッツはヤバい母親から逃げて放浪していた際にハム館へ行き、偶然ターミナルコアと出会う。ターミナルコアは自分で周囲の金属を捕食し始め、急成長しペッツを取り込んでしまう。ここには『フリクリ』にあったような、ターミナルコアにつながるためのドラマが存在しない。

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これに代表されるような必然性のないロボットの登場から始まる必要性のない戦闘シーンは、アクションとしても平凡なものに止まっており、はっきり言ってしまえばかなり退屈である。フィルムにおいて、これらのシーンは邪魔なのである。

また、目的を失った『オルタナ』におけるハル子の暴力性や奔放さは歯止めが利かなくなっている。例えば3話において、ハル子はコンテストの最優秀賞を獲得した衣装を着てランウェイを歩くモデルの座を奪い、「地味な服は着たくない」として勝手にモッさんの服を着てランウェイを歩く。警備員がやってきた時、彼女は警備員を倒すだけでなく会場の柱を倒し、多くの観客に混乱と恐怖を与える。これらの行動に理由も、隠された目的もない。ゆえにただただ多くの人が蔑ろにされてしまった不快なシーンとなってしまっている。

 

先ほどは不要と述べたが、これでは、『オルタナ』においてハル子が存在するのは、無益・無害であるどころか損害・有害である。そして、ハル子がそのような存在になってしまう時点で、オルタナ』は決定的に『フリクリ』ではない。

フリクリ』の新作を鶴巻和哉以外が作る以上、ハル子像がそっくりそのまま継承されることはあり得ないにせよ、こんなふうに蔑ろにされてしまったハル子を観たいと思ったものは一人もいないはずである。

世話焼きなお姉さんという凡庸な役割を担わされた『オルタナ』のハル子は、ベスパではなくワゴンに乗って、ケバブを焼いて売っている姿が異様によく似合う。しかし、私たちが見たかったのは、ケバブ屋の女ではないのである。

このような作品に対し「フリクリ」の名を冠すことは、『フリクリ』に対する冒涜・蹂躙以外のなにものでもないだろう。

 

さて、以上で私が『オルタナ』に対して思った大きな不満であるハル子の造形については語り終えたことになるのだが、まだ細かなものが残っている。the pillowsの楽曲の扱い方への不満、女子高生の造形に代表される脚本への不満、そしてカタルシスに至れない映画としての決定的欠陥への不満。

以降はそれらを少しだけ語っていきたい。

 

the pillows楽曲群のぞんざいすぎる扱い方

フリクリ』の楽しみ方はいろいろある。演出の奇抜さ、物語、セリフ、エトセトラ。

だからthe pillowsの贅沢なMVとして堪能する楽しみ方もできるけれど、すべての人がそれを望んでいるわけではないことは理解している。それでも、『フリクリ』が好きだという人に、the pilllowsが嫌いだ、という人はいないだろう。きっとthe pillowsが嫌いなら、あれだけ彼らの楽曲がBGMとして流される『フリクリ』の鑑賞には耐えられない。

オルタナ』や『プログレ』の楽曲をthe pillowsが担当し、それぞれに主題歌を書き下ろすと知ったときは嬉しかった。彼らの音楽が、劇場で聴けるのだ、ということも。これには上記の理由から、同意してくれる人も多いだろう。

 

しかし、蓋を開けてみて残ったのは、こんなはずじゃなかった、という落胆や失望であった。

 

1話「フラメモ」冒頭の、音楽プレイヤーで再生するのと合わせて「白い夏と緑の自転車 赤い髪と黒いギター」が流れる時点で、流し方のセンスに少し疑問は生まれていた。それでも、スクリーンでthe pillowsの曲が聴けることに少しだけ心は沸き立っていた。

 

しかし、困ったことにかからないのである。そして使われるにしても、なんだか「本当は使いたくなかったんだろ?」と言いたくなるような使われ方がなされるのだ。

名曲「Fool on the planet」に合わせてカナたちが動揺「海」を歌い始めたときは、戦闘機でてめえらの頭を打ちぬいてやろうかとさえ思った*5

 

それだけでもめまいがするのに、『フリクリ』におけるキメ曲であったはずの「LAST DINOSAUR」や「LITTLE BUSTERS」がかかったときに一切テンションが上がらないのも驚いた。いや、そもそも聴こえないのである。気づけばぬるっと流れ始めていて、まったく盛り上がらない。まるでハル子の登場シーンのように。

イントロを大きな音で流してシーンの転換を印象付けるとか、曲のメロの変わる瞬間に印象的なシーンを持ってくるなどの方法がいっさいとられない。ノルマだけどシーンを邪魔されたくないし……とでも言うかのように小さく始まるそれらは、その儚さゆえに、趣向とは本来異なるはずの涙を誘う。

とりあえず、誰が主犯なのかは知らないけれど、主犯には『フリクリ』4話の「Crazy Sunshine」と6話の「LAST DINOSAUR」と各話の「LITTLE BUSTERS」をそれぞれ100回見てほしい。

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この音響的センスの壊滅ぐあいは、あるいは4話「ピタパト」における、何の脈絡もなく挟まれる、最悪すぎるラップパートにも通じるのかもしれない。

しかしこれは、 むしろ脚本レベルにおける問題であるようにも思える。そのためこの部分についての言及は、ひとまず次の項目に譲りたい。

 

■凡庸さと安易さについて

オルタナ』がいかに『フリクリ』と異なっていたとしても、映画自体が面白ければ、それはそれで良いのである。いや、ファンとしては納得しかねるものがあるだろうし、やはり「フリクリ」という名を冠してほしくはないと思うであろう。

それでも、例えば『フリクリ』に感傷なんかない若い世代の思い出の一作になりうるのであれば、ジュブナイルとしては合格なのである。

しかし――ハル子という不要なキャラを暴れさせている、としているこの論調故におおよそこのあと何を言うかは察しがつくだろうが――、その基準にもやはり達していなかった。

 

オルタナ』の主題はわかりやすい。

「毎日が毎日毎日ずーっと続くとかって、思ってるぅーん?」

「わたし、気づかないフリしてた。そうしていれば、終わらない、変わらないってばかり思ってた」

「何もかもが変わっていく。だったらせめて、変わらない顔していろ」

まあ、会話形式にすればこんな感じだ。発言者はそれぞれ、ハル子、カナ、神田束太(青山穣)である。本当に、これだけである*6。少なくとも、私見では。

 

退屈な日常の疑似的な永遠性とその終焉。凡庸なテーマである。ここに目新しさはない。

いっそ「王道」と居直ってもいいのかもしれないが、ならば堂々と「王道」然としていればよいのに、ノイズとしてのハル子とMMが持ち込まれ、本来彼女たちによって解消されたはずの問題は、『フリクリ』的要素に持ち逃げされてしまう。

オルタナ』のストーリーやテーマ設定は、王道にもなりきれず、かといって変格としては凡庸という中途半端なものになってしまっている。

 

カナたち「女子高生」の造形にも疑問が残る。

悩みが凡庸であるように、彼女たちの造形もまたステレオタイプ的なのだ。もちろん、アニメやライトノベルのキャラクターが記号的なのは今に始まったことではない。しかしそのことを加味した上で見ても、彼女たちのキャラクターは凡庸である。

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彼女たちの会話の多くは、日常的な駄弁である。1話の、ゴミ出しを賭けて無邪気にジェンガを楽しむ場面や5話のプールでバレーボールに興じる場面など。これにより彼女たちの関係性が見え、そこから帰納的に人物像が立ち上がってくる――ならばよかった。しかし、残寝ながらそうはなっていなかった。

6話の中でアクションシーンをノルマのごとく挟みつつそれを行うのは、そもそも尺が足りていなかったように思える。

 

加えて、彼女たちの駄弁自体もまた凡庸なのである。

まるで大学生やそれより上の世代が、制服を着て頑張って女子高生の芝居をしているような、そんな風に思えて仕方がなかった。

女子高生がJKを意図的に演じる、社会的なイメージをあえて引き受けて見せることは、実際にはしばしばあることなのだろう。しかし、彼女たちが、彼女たちだけの会話のなかでそれを行う必要性は極めて薄い。だからやはり、会話には違和感が拭えない。

この違和感は、脚本を担当した劇作家・演出家である岩井秀人が自身で舞台を作るときには、小さな所作など身体表現を含めた演出を行うことで解消している類のものなのかもしれない。しかし少なくとも彼が脚本のみを担当した『オルタナ』においては、駄弁のセリフはうまく機能していなかった。

 

 

同様に違和感があったのは、ひたすらに上滑っていた安易なパロディである。

この使い方も、小劇場演劇にしばしば見られるものだ、と言えばそこまでだが、少なくとも『オルタナ』においてそれは滑っていた。

それをただ「つまらなかった」と唾棄し叩きのめしたいのではない。むしろ、つまらないだけならよかったのだ。問題は、この安易な引用が、おそらくあの問題のラップシーンにもつながっていることだ。あのダサすぎるラップに。

 

ハル子のラップは、4話にて唐突に披露される。カナが、佐々木(永塚拓馬)とイチャつくハル子を見て焼き餅を焼き、むしゃくしゃして帰り道でピンを蹴った後のことだ。

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しかし、そのシーンでラップを行う必然性や必要性はまったく感じられない

一応、蕎麦屋の店主のデニス用賀が元DJという説明はあったが、これも理由としては弱い。とはいえ、まったくその行動の意図が読めないわけではない。ラップ披露後、ハル子は「フリースタイル」と言っている。つまり、ハル子のラップに対抗して、カナにも思いの丈を叫んでほしい、だから佐々木に手を出してカナの嫉妬心をあおったし、ラップのフリースタイルを披露したのだ、そう解釈することもできる。

だが、その場で急にラップが思い浮かぶわけがない。つまり、カナの叫び=内面の激流からカナ自身を遠ざける振る舞いになってしまっている。それに、ラップの挿入は唐突であり、仮に意図があるならその場ではっきり分からないとそもそも私たち観客はノイズとしてしか受け取れない。

「フリースタイル」を加味した上でも、あのシーンの必要性が分からないのだ。

だからどうしても、ラップが最近流行っているから入れてみました、いろいろなものを取り込むのもフリクリらしさっしょ? とドヤ顔しているのが透けて見えて不快で仕方がなかった。また、極端に無能、傲慢として描かれる、カリカチュアライズされた政治家像も不快だった。いずれも、安易なパロディである。

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 ■とってつけたようなラストシーンじゃカタルシスは得られない

たくさんの違和感を抱えさせられたまま進行するストーリーは、6話におけるハル子の「バッドエンドは好きじゃない」というセリフと共にラストスパートをかける……はずだったのだろう。

「叫べ、17歳!」などの、PVにも収められたセリフがハル子の口から放たれ、カナ役である美山加恋の熱演がある。

しかし、その画面上の「これは熱いシーンだってことなんだろうなあ」という展開を前にした、そのように冷静に分析してしまうこちらのテンションの上がらなさはなんなのだろう?

 

カナがこのシーンで行うのは、ただ思いの丈を叫ぶだけなのである。

5話において、ペッツはカナに対して叫んでいた。正直、ペッツへの思い入れが抱けていなかったのであまり感動できなかったが、それでも二人の関係性が分かっていれば、少しは感動できたかもしれないシーンだった。

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対してこのシーンでは、カナはひたすら、誰かわからない対象に向かって叫ぶ。だから、いったい何を見せられているのか、という気持ちにならざるを得ない。「わたしは、友達が大好きでー」と、美山加恋が力を込めて演じていることは分かるが、カナが叫べば叫ぶほど、私たちはどのようにしてこのシーンを観ればよいのか分からなくなる。そして話はどんどんスケールが大きくなり、「この町」が大好きで、この町で暮らしていきたい、みたいなことを言い始める。

しかし、私たちはそのカナが名指す「この町」のことをほとんど知らない。

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カナたちの暮らす町には、少し前にテンカイッピンなるものが出来て、商店街も寂しくなったらしい。しかし、このテンカイッピンが何の施設であるのかが分からないのだ。話からすればショッピングモールだろうが、そこに行って何かを買った、という描写もない。このことに代表されるように、私たちには、その町の様子が一切見えてこない。その町がどのような規模の街なのかすら分からないのだ。たびたび舞台となる浜辺と彼女らの学校や家との距離感もまったく掴めない。

キャラクターたちにもあまりなじめず、町のこともイメージできていない状態で、カナの感情の叫びに寄り添いカタルシスを抱け、という話がそもそも土台無理な話ではないか。

これは、ストーリーテリング上の欠陥であると指摘せざるを得ない。

 

また、「この町」や「友達」らに対して観客側が思い入れを持てていないという欠点が仮に解消されていたとしても、最後にテーマに準じた事柄をずっとキャラクターに叫ばせて、それで大団円というのはやはりダサい。加えてテーマまで凡庸とくれば、本当につらいものがある。

 

■最後に

かなり長々と書いてしまった。

こんなに長い記事は『リズと青い鳥』の感想以来である。 

今回は延々とディス記事を書いてしまった。ディスばかりで少し疲れてしまったので、最後に少しだけポジティブなことを書いて締めたいと思う。

 

2話「トナブリ」において、カナはMMとのロボットとの戦闘に巻き込まれることになる。ハル子の車を無免許なのに運転する、しかも凶暴なロボットに襲われているという危機的な状況において、カナが「わたし、運転の才能あるかも~!」と笑いながら言うシーンは、たしかに彼女の主人公っぽさが表れていて、ちょっと良かった。

あのシーンの「Freebee Honey」はちょっと良かった。


 the pillowsの書き下ろしたED曲「Star Overhead」は素敵な曲で、またED映像に登場するカナはとてもキュートだった。

 一本の映画という形式にまとめた上映では難しかったのかもしれないが、もっとあの曲を聴いていたかったし、あのカナを観ていたかった。

 

また、カナたちの造形やストーリーについて散々言ってきたが、仮にこの作品に『フリクリ』要素がなく、そしてテレビアニメーションの形式で製作されていたならば、あるいは少しは化けてくれたのかもしれない。

テーマは凡庸と言ったが、裏を返せば確かにジュブナイルの予感の含むものであったし、キャラクターだってこの形式でなければもう少し印象づけられたかもしれない。

 

 正直あまり期待はしていないのだが、『プログレ』も映画館に観に行く予定だ。

「2人はフリクリ 1人はアメザリ」というクソみたいな名前のニコ生特番で、「2人はフリクリ~」と言いながら人差し指を上げる水瀬いのりが可愛かったからだ*7

プログレ』のED曲である「Spiky Seeds」も良い曲だったので、これを劇場で聴きたい。できるならもっと、素敵な気持ちで。

 

*1:オルタナ』は、6話分のアニメの一挙放送みたいな形式をとっている。これは、アメリカで『フリクリ オルタナ』と合わせた各6話全12話構成のアニメーションとして放映されるものを、日本では映画のフォーマットに合わせて上映しているためである。

*2:その時点で、カナとハル子も蕎麦屋の店員と客でしかないし、ハル子は蕎麦屋の常連ではない。

*3:実際、6話「フルフラ」における彼の姿勢は、『オルタナ』が核に据えようとしたものと沿うように見える。

*4:宇宙警察フラタニティという組織の目的がMMへの抗戦であると理由付けはできる。しかし、フラタニティが『フリクリ』のそれと同様である保証はなく、またそうであったとしても、組織に従順な牙を抜かれたハル子は、果たしてハル子と呼べるだろうか。

*5:念のため付記しておくと、「Fool on the planet」の歌詞には戦闘機が登場する。

*6:他にも実は大人/子供、大人の中の種類などがモティーとしては使われるが、物語全体を観たときにテーマにまで昇華できているとは言えない。

*7:こう書くと声豚みたいで普通にキモい。可愛いよ~いのりん~~~!

今更ながら『エロマンガ先生』について語ろう

あなたは、『エロマンガ先生』というアニメをご存知だろうか。

そんな恥ずかしい名前のアニメ知らない! って? まあまあ。

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エロマンガ先生』とは、伏見つかさによる同名のライトノベルを原作として、2017年4月クールに全12話で放送されたTVアニメである。

つまり1年前のアニメなのだが、今でも時々、HDDに残っているのを再度見ることがある。まあ、それくらいには気に入っている。

つい先日も、また最終話「エロマンガフェスティバル」を見てテンションが上がった。だからこそ、今こうしてその勢いに任せて文章をしたためているわけだが、ではいったいどう良かったのか。今回の記事はそれを書いていこうと思う。

 

まず、アニメ公式サイトから紹介文を引こう。

高校生兼ラノベ作家の和泉政宗には、引きこもりの妹がいる。

和泉紗霧。

一年前に妹になった彼女は、全く部屋から出てこない。

そんなある日、衝撃の事実が政宗を襲う。

彼の小説のイラストを描いてくれているイラストレーター『エロマンガ先生』の正体が、なんと妹の紗霧だったのだ!

一つ屋根の下でずっと引きこもっている可愛い妹が、いかがわしいPNで、えっちなイラストを描いていたなんて!?

俺の妹がこんなに可愛いわけがない』をしのぐ魅力的なキャラクターが多数登場!

ライトノベル作家の兄と、イラストレーターの妹が織り成す、業界ドタバタコメディ!

最近増えている業界お仕事ラノベの一種であり、そこにもはや伏見つかさの深い業*1である妹フェチが掛け合わされた一品。「引きこもり」という一筋縄ではいかない題材を扱っているが、あくまでドタバタラブコメである。そもそもタイトルからしてシリアスにはなれない。

 

そう。この作品はコメディなのだ。そして、可愛いヒロインたちがたくさん登場する、ラブでコメディなのだ。

この作品の凄いところは、まずヒロインたちがみんな何かしら可愛いことである。

 

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メインヒロインである和泉紗霧(藤田茜)は、わがままで、ツンデレで、しかしそれに応えれば確実に応えてくれる。それに、そもそも応えずとも彼女はその性質上、絶対に主人公である兄・政宗松岡禎丞)を見つめている。可愛い。

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隣人にして中学生ラノベ作家である山田エルフ(高橋未奈美)大先生は、絶対的に政宗に惚れている。しかし、政宗に思い人がいることは理解し、そしてそれを受け入れている。 何ならいろいろと世話も焼いてくれる。バブみを感じてオギャれる。可愛い。

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千寿ムラマサ(大西沙織)先輩は、大天才の中学生ラノベ作家だが、出会う前から政宗にべた惚れである。その理由は、WEB小説家時代から彼の作品を読み、心湧き立たされてきたから、という何とも作家冥利につきるもの。そんな彼女は、その実すぐ口車に乗せられたり、すぐ墓穴を掘ったりしてポンコツ可愛い。

 

前作と比べると、みんな、ちゃんと可愛い。実は、とかじゃなくて、どういうところがアピールポイントかがしっかりわかるし、それが魅力的に描かれている。可愛いの暴力。

そして、これだけみんな魅力的なのに、くっつく相手は絶対に紗霧であるとわかっていることがまた恐ろしい。これももはや、だって伏見つかさだし! と居直られている感じすらある。こうなるとたいていのものごとは手が付けられないので強い。

 

ここで少し前作『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の話をしよう。アニメ2期は、ラノベ最終巻刊行と合わせるためにかなり駆け足だった挙句、全16話の変則構成となったせいで最後数話がWEB配信限定というイマイチ盛り上がらない終わり方だった。

だから不幸な面があることは認められるが、それでもやはりなかなかにひどいものがあった。

 

 『俺妹』の売りは、何といっても妹がメインヒロインであることだった*2

妹との恋愛つまり近親相姦的な欲望は、はるか古代から現在に至るまで禁忌である。そのため、どう考えても最後に勝つヒロインは桐乃なのに、それができない、という構造が生まれることとなった。

加えて桐乃には、ツンデレ+暴力という当時の流行属性が加えられることとなり、加えてスーパー超人オタクとくればいよいよ属性過多。これに負けじと登場するヒロインたちもいろいろと盛りすぎでキチガイのオンパレード。最終的には、平凡代表の顔をしていた田村麻奈実でさえ、その平凡さゆえに最後まで近親相姦的欲望を否定するコンフリクトの役目を一手に担うことになり、突然桐乃に腹パンを食らわせるキチガイとなってしまった*3

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それに比べると、『エロマンガ先生』は平和である。まず、政宗と紗霧に血縁関係がないことは冒頭から明かされている。また、ずっと一緒に住んでいたら性欲の対象じゃなくなる、とはよく聞く話だが、そもそも同居期間も短い。

何より、二人は家族になる以前からWEB小説サイトの作者とファンの関係であった。家族としての時間より、そちらの時間のほうが長いのだから、もはや政宗からすれば、家族になりたいとしきりに口にするけれど、紗霧を家族として見るより魅力的な女の子として見るほうがむしろ自然なんじゃないか、と思えるほどなのである。これはもちろん、紗霧視点からしても。

だから、ここには『俺妹』に存在したようなコンフリクトはない。ダイレクトにイチャイチャできる。ご都合主義といわれても、ぐうの音も出ない。だが、だからこそ、天才的な作家たちによる「戯れ」というユートピア的環境にはあっているし、私たち消費者も安心してブヒれるのである。ブヒい。

 

さて、ここまで言葉を散々弄して語ってきたことは、ヒロインたちがみんな可愛いよブヒィィイイイイイイイイ!!!!! という一点に尽きるのだが、このままだと、あくまで『エロマンガ先生』の原作の紹介という側面が強い。

しかし、今回私がしたいのは、アニメ『エロマンガ先生』が面白いぜ、ブヒィィイイイイイイイイ!!!! という話である。

 

まず、OPテーマが良い。

まず、歌詞とかどうでもいいから、イントロを聴いてほしい

ファーファファファfッファfッファfッファッファーファーファファファfッファfッファfッファッファッファ~

と鳴り響く、やや間の抜けるブラス。OP映像では、この音と共に「エロマンガ先生」というタイトルが表示される。

さあ! これからバカアニメが始まりますよ! という幕開けにはもってこいの一曲である。非常にあっている。

 

次に、EDが良い。

こちらがED映像である。モニタで再生したものを録画する直撮りらしいので画質音質共に劣悪だが、アニプレックスあたりが公開している公式版がないのでこれでご容赦願いたい。

TrySailの歌う「adrenaline!!!」自体の可愛さもさることながら、このEDで踊る紗霧の可愛さたるや。

さて、この紗霧だが、実は踊っている場所は風呂場と隣接する脱衣室であり、彼女は洗濯機が回りきるのを待っている。では何故そんなところで踊っているか、と言うと、自身の下着は自分で洗うから兄さんは触らないで……といったからである

 

事の次第を説明すると長くなるが、まあいわば思春期の娘と父親のようなものである。

しかし、アバンで政宗は独白として、「貴様を超える美少女である妹のパンツを日々洗っている俺が、今更女に一目惚れするものか」とやや良い声で言っている*4

だから大仰にショックを受ける政宗はやや気持ちが悪い。このラノベ特有の気持ち悪さを感じさせたところで、この自分で洗濯をするEDというギャグとしてそれを回収してしまっている。この手腕がまず素晴らしい。

 

そしてこのEDは、サビでのノリノリな紗霧を描くことで、以降の話でこれが使われればそれだけで可愛いというものに仕上がっている。だから、通してみると、確かに2話は飛び道具だったが、別段狙いすぎ/飛ばしすぎでもないので、あまり嫌な感じはしない。このバランス感覚がまた良い。

何より楽曲自体としてこの曲はものすごく可愛い。マイ・フェイバリットソング・オブ・2017。ちなみにMVは声優ソング独特の謎仕様。ただのキチガイ

ちなみにこういうタイアップは、そのアニメに出演している声優が一人でもいるなどすれば採用されやすい傾向にあるのだが、そもそも誰も出ていないというのが、かえって潔い。『エロマンガ先生』の前クールに放映されていた『亜人ちゃんは語りたい』に夏川椎菜雨宮天が出演していたのとは好対照である。

 

 兎角、ここまで『エロマンガ先生』の魅力を語ってきた。

この作品の魅力は、おおよそ以下の2点である。

・ヒロインたちがみんな可愛いよブヒィィイイイイイイイイ!!!!!

・アニメスタッフの頑張りでもっとブヒィィイイイイイイイイ!!!!!!!

 

身も蓋もないことを言えば、この作品が優れているのはあくまで「商品」としてである。「商品」として優秀、頭からっぽにしてブヒれる、頭からっぽにして楽しめる。

エロマンガ先生』が放映された2017年春は、実は私の仕事も忙しくて、だから『エロマンガ先生』を面白いと感じたときは、「疲れてるのかな」と感じたものだったが、改めて見てもちゃんと面白いから困ったものである。

ちなみに翌クールは『アホガール』にハマった。

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さて、そんな、激推しの、激烈効果ブヒりサプリメントである『エロマンガ先生』だが、なんと2018年10月からの、TOKYO MXとちぎテレビ群馬テレビABCテレビBS11での再放送が決定した。

祝・再放送。

みんな見てくれよな!

 

*1:同様の例に、細田守におけるケモショタがある。

*2:もちろん、妹を攻略対象とした美少女ゲームは90年代から枚挙にいとまがないが、それでもラブコメという誰とくっつくのか分からない(けど実際にはわかる)というフォーマットの上で、堂々と妹を出してきたことは衝撃だった。

*3:よく体重の乗っていそうな、良いパンチである。

*4:ちなみにこの2話で、一緒に住んでいる兄弟と恋愛はあり得ないと政宗は口にするのだが、こうして身内の女性と恋愛対象としての女性が同列に語られている時点で説得力はない。

2018年8月のプレイリスト

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これまで2回やっただけなので、まだ恒例と言うわけでもないが、恒例みたくしていきたい所存のプレイリスト記事。

読者諸賢が飽きようと私はこれを続けるつもりである、と威勢良く言えたらいいが、私自身が少し飽きてきている。

(前回の記事↓)

 

小劇場演劇の客入れで使われていたりとか、誰かがカラオケで歌ったりとかした曲を、好きになることがたびたびある。

好きな曲は沢山ある。もちろん、きっかけだって沢山ある。

世の中には素敵な曲が沢山ある。けれど、出会わなければそれらを好きになることはできない。

私がこうしてプレイリストを公開するのも、もしかしたらそのことで新しい曲に出会う人がいるかもしれない、とか、そんなことを考えるからである。

 

--とか書いたら少し様になるかと思ったけど、こういう動機みたいなのをつらつら書くのって普通にダセぇな。

 

【ルール】

・プレイリストは一月につき一つ作成する

・作成当月に限りプレイリストの編集は可能である

・一つのプレイリスト内における同一アーティストの重複選出は認めない。同じ作詞作曲者の曲が複数入ることはこれに含まない。

※今回からルールの文章を変更

 

◯プレイリスト(69分)

 

◯楽曲ごとの説明

 

凡例

■アーティスト「曲名」(「収録CD※」)リリース年

説明(感想)

※初出CDとは限らない

 

サカナクション新宝島」(「新宝島」)2015年

実写映画『バクマン。』主題歌にもなったサカナクションの一曲。あの映画は、いわゆる実写化映画の中でも楽しめた。「ルーキー」などに比べると、とても分かりやすく聴きやすい曲な仕上げてきているあたり、フロントマンである山口一郎の器用さがうかがえる。

そのわりにあのMVなのはどういうわけなのか。当然狙ってのことと思いながらも、少し苦笑してしまう。何故ドリフ。

 

ASIAN KUNG-FU GENERATIONアフターダーク」(「アフターダーク」)2007年

テレビアニメ『BLEACH』の主題歌。「リライト」もなかなかだが、この曲もわりと何を言っているのかわからない。なんならAメロの時点でわからない。でも、バンドやっていたら、コピーしたがったんだろうな。そして断念する。

そういえば、この曲と『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』を合わせたMADがなかったでしたっけ?

 

Negicco「矛盾、はじめました。」(「ティー・フォー・スリー」)2016年

ご当地アイドルNeggicoの一曲。作詞が土岐麻子、作曲がさかいゆうというポップスの権化みたいな作品になっている。ムーディな曲調にしっとりと歌詞の乗った一品。ものすごくチルい。

 

the pillows「TRIP DANCER」(「Please Mr.Lostman」)1997年

the pllowsのわりと初期の曲……と言っても、第3期には入っているのか。「配られる種で育つ未来 笑い飛ばした君を 喜ばせたいけど」という1番Bメロからサビへの流れが素晴らしく、泣きそうになる。

 

相対性理論「四角革命」(「ハイファイ新書(Bメロ)」2009年

SNSのプロフィールで、椎名林檎相対性理論とか書いている女はロクな女じゃない、とか言われることがあるが、その相対性理論

この曲は謎のSF仕立てで、未来からの逃亡者との「ロマネスク」を描いているが、四角革命が何なのかは正直よく分からない。「ロマネスク」の言い方が最高。

 

くるり「GO BACK TO CHINA」(「THE WORLD IS MINE」)2002年

くるりのアルバム曲。タイトルのとおり、とても中国的な感じを思わせるメロディや演奏が続くが、なぜI'll go back to China. なのかは少しも分からない。分からないまま、似たようなフレーズが繰り返され、この演奏が続く。はっきり言って意味のわからない曲なのだが、これがかっこいい。

 

椎名林檎「神様、仏様」(「長く短い祭/神様、仏様」)2015年

LG製スマートフォンisai vividのCMソングでもあったこの一曲。30秒版の最後にも少しだけ入っているが、向井秀徳がうるさい。「繰返される諸行無常 よみがへる性的衝動 冷凍都市の暮らし 行方知れずの彼奴 何時の間にか姿眩まし」

このまま「This is 向井秀徳」って言いそうだし、椎名林檎の曲なはずが向井秀徳の話ばかりしている。

 

木村カエラ「TREE CLIMBERS」(「Scratch」)2007年

木村カエラの音楽は、Butterflyやリルラ リルハなど、キレイなバラードやポップな感じのイメージもありそうだが、彼女はシングル曲でもロックチューンをしばしば出している。

モード学園CMソングであった「TREE CLIMBERS」もその中の一曲。 目立ったサビがなく、ひたすらゴリゴリと進むのがかっこいい。

 

フジファブリック「パッション・フルーツ」(「TEENAGER」)2008年

昔から、「陽炎」とか「虹」とかは聴いていたが、フジファブリックというバンドを意識したのは、もしかしたら「TEENAGER」の頃だったかもしれない。いわゆる変態曲のひとつで、ギターも、サビ前のドラマも気色悪くて、「昨夜の君は明日の化身で例えるならヴァンパイア」で、このヴァもねっとりしたヴァで気色悪くて、最高。

 

Base Ball Bear「ドラマチック」(「十七歳」)2007年

おおきく振りかぶって』のアニメ主題歌。おかげで、今でもニコ動ではホモネタと組み合わされた字幕が踊る。けどまあたしかに「ドラマチック チック 止められそうにない 止めたいと思わない」のリズムは楽しい。

関係ない話だが、私は最近、関根史織さんにやや似の同僚の女性に無視されている。

 

スチャダラパー featuring 小沢健二今夜はブギー・バック smooth rap」(「スチャダラ外伝」)1994年

小沢健二オザケンであるが、Nice Vocalでなくsmooth rapなので、スチャダラパーがメイン。

歌詞を聞くと、このパーティを続けようとかこのメンツとか、ヒップホップイメージのまんまなワードが出てくるので驚く。今から24年も前である。

 

ゲスの極み乙女。「私以外私じゃないの」(「両成敗」)2016年

まだゲス不倫とか騒がれる前の曲。この頃の勢いはたしかに凄かったが、それも納得の楽曲が並ぶ。この曲は、「私以外私じゃないの」と歌うが直後に「当たり前だけどね」と言い出すので、「せやな!w」ってなる。

作曲だけじゃなくて、特徴的なサビの歌詞を作る点でも川谷絵音って天才的だな、と思う。

 

LOVE PSYCHEDELICO「LADY MADONNA〜憂鬱なるスパイダー〜」(「The Greatest Hits」)2001年

LOVE PSYCHEDELICO、これがデビュー曲なのだから恐ろしい。彼らの楽曲全般の特徴でもあるのだが、日本語と英語の行き来がとてもスムーズで心地が良い。

 

■KIRINJI「エイリアンズ」(「3」)2001年

LINE MOBILEのCMでのん(能年玲奈)が歌っていたので、それで知った方もいらっしゃるであろうKIRINJIの名曲。

公団、屋根の上をいく飛行機……郊外というワードは出ないが、なんとなく郊外のバイパス道路で、これを流しながら車を走らせてみたくなる。ペーパードライバーだけど。

 

UA「情熱」(「Illuminate〜the very best songs〜」)2003年

私がこの曲を初めて聴いたのは、加藤ミリヤによるカバーがラジオから流れたときだった。以来その番組のヘビーチューンみたいになって、しばらくそれを聴いていた。

 

■DAOKO「さみしいかみさま」(「THANK YOU BLUE」)2017年

声優ソングとかアイドルソングとか以外には、あんまり可愛いと言いたくないんだけど、これは文句なしで冒頭が可愛い。「触れたら崩壊 仮想の世界」って部分が、なんだかすごくキュート。

 

 

今回、初めて60分を超えた。何か長めの作業をする際にちょうど良い長さのBGMにはなったと思う。

 

8月、本がたくさん部屋にあったくせに今まで持っていなかった本棚というものをようやく買った。何冊か本を捨てた。そうこうした結果、いま部屋には何個も本棚がある。頭が悪い。

その何度も本棚を組み立てるという馬鹿なことをこなす際、いつもこれらの曲を聴いていた。ある意味では立役者であり、別の見方をすれば共犯者である。

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今回は、前回と比べて、自分が昔聴いていた曲を入れたものが多くなっている。それらの曲も、今聴くとまた発見がある。別のフレーズが気に入ったり、または当時すごく好きだったフレーズを再発見できたり。

再読に耐える本が良い本であるとは言うが、再聴に耐える音楽もまた良い音楽だ。

 

一色いろは後輩が可愛い

いきなりで申し訳ないが、一色いろは後輩が可愛くて仕方がない。

可愛いよぉ~いろはすぅ。なんなら一万年と二千年前から愛していたまである。

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前回の記事で、最近映画を観ていないと書いたが、あれから半月ほど経った今もそれは変わらない*1

そんな中でもアニメは録画して、それを見ている。アニメは惰性で観れるからいいよね。『よりもい』とか超泣けるし。軽く死ねるし。

その一環として、先クールの途中からTOKYO MXで再放送されている『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』略称「俺ガイル」を見ている。

少し前から2期に入った。作品の主要人物である比企谷八幡江口拓也)、雪ノ下雪乃早見沙織)、由比ヶ浜結衣東山奈央)の所属する奉仕部の空気は最悪だが、それはそれとして、3話から登場した一色いろは佐倉綾音)後輩が可愛い。越えちゃいそう、いけないボーダーライン

 

事の次第はこうだ。

奉仕部とは、主に生徒からの依頼を受けて解決に動くことを目的とした部活動である。

その奉仕部に、生徒会長選挙に立候補させられてしまったが生徒会長はやりたくない、しかし惨めに落選というのも嫌だ、という一色いろはの依頼が舞い込んでくる……。

 

まず立候補「させられて」いるのがヤバい。何それ。どこの美少女コンテスト?

しかし、封筒一通のコンテストとは異なり、生徒会長選挙は一定数以上の推薦人が必要で、個人が陰でパッと行えるものじゃない。しかも生徒会長など、目立ちはするが評価されるポジションでもない。それに勝手な立候補させるなど、言わば晒しあげであり嫌がらせに近い

つまり、一色いろはには、彼女を貶めたいと思っている敵が一定数以上いるということだ。

 

上に貼った動画は、一色いろはの可愛いシーンを詰め込んだもの。可愛いですね、はい復唱。可愛い。誰だ、うざいって言ったの。さてはアンチだな、オメー。

でも、彼女を憎たらしく思う人が多いのも頷ける。タイトルからして「あざとい」って入ってるしね!

あざといよー、いろはすぅ。なにこの亜麻色の髪の暴君。なんならあざとさ爆弾で死者が出るまである。

 

そう。彼女はあざとい。それも、あざとい人たちに共通することだろうが、それをしておくことで自分に大いに利すると分かってやっているし、彼女の場合、自分の容姿によってそれがよりプラスになると踏んでやっている。

あー、もうウザいなー。ウザったらしいなー。分かってやってるんだもんなー。

憎まれっ子世にはばかる、という言葉がある。憎まれ役を買うようなやつほど、むしろ世間では幅を利かせるという意味だ。人のことをぶん殴っておきながら、えいえい、怒った? なんて訊いてくるやつほど、最初に人を殴れるって点で人より抜きんでてしまっているわけだ。ごとう きよはる てめェーだよ てめェー。

一色いろはが結局は生徒会長になってしまう様はまさにこの典型と言われそうだ。しかし、何にしたって可愛い。人目も憚らず言えちゃいそう。世界一可愛いよ! 何をしてもカワイイ。カワイイの前では服従って、それ前前前世から114514回言われてるから!

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どうにも私はこういうキャラに弱い。こういうってのはべつに「あざとい」ってことじゃない。いや、違うからね、本当だからね!*2 南ことりのこととか、その、ぜ、ぜ、全然、すすすすす好きなんかじゃ、ねーし!*3

「こういうキャラ」というのは、本来の意味のリア充っぽいというか、彼らが人間関係を築く際にも発揮されていたのであろう「器用さ」を持っているキャラのことである。

恋とは憧れに近しく、そして憧れという感情は理解から最も遠い、とよく言われるが、このリア充系=普通っぽいキャラクタを魅力的に思うのは、自分自身へのアンチテーゼとしての憧憬的感情がおそらく根幹にある。勿論、そのキャラ類型がオタクカルチャーにローカライズされた、非リアルなものであると知りながら。

私はいまだに、自己投影を--またはその逆を--基準にしてアニメを見ている。

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兎角そんなわけで、一色いろは後輩が可愛い。『ハイスコアガール』の日高小春もすっこしでも気を引きたい純情な乙女心で可愛いが、それとは別ベクトルでやっぱりいろはすが可愛い。

この「おっかしいなー。わたしに一目惚れしない男の子なんているわけないのに」とか言い出しそうな感じ、たまらない。ごめん、ヘルシェイク矢野のこと考えてる暇ない。

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2期はこれから生徒会長選挙、合同クリスマスイベント、葉山隼人近藤隆)の進路の話と進んでいき、そして、一色いろはの存在感も増してくる。結婚しよ。

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私は年甲斐もなく、佐倉綾音のあざといボイスを楽しみにして、こんな残念系(ぼっち系)+俺TUEE系*4なアニメを観ている。高校生活なんて遥か昔の話に思えるし、同じく俺TUEEするなら、そして主人公の物語開始時点の属性に「ぼっち」を求めるならば、それこそ異世界転生系を見ればよいのに、千葉の高校を舞台にしたアニメを観ている。

べつにアニメなんざ観たいものを観ればよい。『プリキュア』は朝から泣けるし、猫娘は可愛い。しかし、そうばかりも言っていられない。「俺ガイル」は、間違いなくメンタルに悪い。陰キャレベルの上昇が留まるところを知らない。なんなら自意識高まりすぎて他界するまである。

 

悪影響を自覚の上で、一色いろはを愛でるために「俺ガイル」のアニメを視聴し続けるか否か。愛はどんな困難も乗り越えられる、というクリシェはもちろん嘘っぱちなのだが、愛ですらそうなんだから況や――。こんだけ可愛い、可愛いって言ってきたけど、べつにいろはす、推しじゃねーし。まあ、可愛いんですけどね。

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先述の通り、アニメにおいて一色いろはの存在感はこれから増してくる。アニメスタッフはおそらく、意図的に彼女を3人目のヒロインとして扱おうとしている。とは言い条、物語の始まりからして「俺ガイル」は明らかに奉仕部の3人の物語であり、彼女は蚊帳の外にならざるを得ないのだが。まあ、だからこそ変に感情移入せず、漠然としたイメージだけでブヒれるってのはあるけれど。可愛いよ、いろはすぅ。

ヤバげな、面倒臭そうな空気を敏感に察知してこそっと逃げおおせるところとか、どうすれば自分が魅力的に見えるかわかった上で実践してみせるところとか、人への頼り方=押し付け方とか……なんだこの、実質的な逆説的な自分語りは。まあ、好意的な対象について語ることは自分自身について語ることとほとんど同義だとか言う気がするしね! わーい! すごーい! たのしー! きみはしたたかに生きるのが得意なフレンズなんだね!*5

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さて、アニメは原作11巻までを扱っている。現在、原作小説は12巻まで刊行されていて、今年の10月に13巻が刊行される予定だ。2年、1年というスパンでの新作刊行は、ライトノベルのシリーズとしては顕著に遅い。そろそろ畳みたいのだろう、と思いつつも、このペースを見ていると畳めるのだろうか、と勘繰ってしまう。「涼宮ハルヒ」シリーズとかね!

アニメを見たのも実は2期からだったのだが、今回の再放送で1期を見て、これで全話を一通り1回は見たことになってしまった。12巻は刊行後即座に買い、読んだ。つまり、一応は追ってきたシリーズということになってしまったので、今後シリーズがどうなっていくのかは気になるところではある。

この記事を読んだ方の中には、同様に今後が気になる方も、べつに興味ないけどとりあえず読み進めてきたという奇特な方もいらっしゃるだろう。

どちらをも満足させられた自信はないし、片方だけでも十二分に怪しい気はしている。だからこんなことを言うのは少々憚られるのだが、しかしどちらの方にも、ひとまず今日、これだけは覚えていただきたい。

一色いろはは、最強あざとい、したたかな後輩である。

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*1:書いている途中で実は2本(『龍の歯医者』『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE 二人の英雄』)観た。

*2:「激レアさんを連れてきた」の弘中綾香アナウンサーを見て爆笑している時点で説得力はゼロ。

*3:はい、チュンチュン(・8・)

*4:人間関係という彼らにとっての大きく解決困難な問題を、それまでに培った観察眼で、大きな努力の描写もなく解決してしまうのだから、俺TUEE系だろう。

*5:彼女のそのスタンスも、物語が進むにつれて比企ヶ谷らとの交流を経て、スクラップアンドビルドされる方へと変化していくわけだが。

最近のこと(2018-08-16): 辞めた同僚の話他

最近のことを書こうにも、どうにも仕事の話ばかりになりそうで困る。

仕事の話は書けない。機密にあたる情報はもちろん、そうじゃない情報も。前者は当然として、後者は何より特定につながりそうなのが怖い。

社内研修の話を思いっきり書いた手前、説得力はゼロだけれど。

 


と言っても、これらが書けたのは、もうずいぶんと懐かしい話だからだ。 

現在進行形の話または最近の話では、当事者が誰かとか事の詳細とか、周囲の人の記憶がわりと鮮明で、格段と特定のリスクが高まる。

特定されると社会生活が終わる、と考えているわけじゃないけれど、簡単にバレるのは面白くない。

 

どうして仕事の話ばかりになるか、というと、まあ週の5日をそれに費やしているからと言うのが絶対的にある。

でも、このブログを始めた頃だって週5日勤務をしていたし、それでいて――自分で言うのもなんだが――わりといろんな記事を書いてきたと思う。ではそれらを書いた頃と今の差異はなんだ? と問われても、現状では「仕事」と抽象的に言わざるを得ない。

そして、ではその「仕事」において何があったのかと問われるに至れば、それはまさに上述した「仕事の話」の範疇に足を踏み入れることとなるため、ここで万事休すなのである。

 

仕事で何があったにせよ、忙しくなった/労働時間が長くなったというならば話は簡単である。そしてそれは事実だ。

だが、それだけじゃないから話はややこしい。

簡単に言えば環境の変化。様々なことが誰かの気まぐれで変わり、それに振り回される日々。挙句そのお陰で金までかかるのだから、正直言って「やってられない」。

気分としては、こんな感じの曲が似合う。

こんなのおかしくない?

こんなのおかしくない?

  • ドミコ
  • ロック
  • ¥250

どぉなっちゃってんだよ

どぉなっちゃってんだよ

  • 岡村 靖幸
  • ロック
  • ¥250

「やってられない」ことだけじゃなくて、変化が続いたことそれ自体や連日の猛暑もストレス源になっていたのか、久々に本当にダメになった。時間の許す限り布団にくるまっていないと気が触れそうになる。いやむしろその時点で狂っているのか?

兎角そんなわけだから、週末に何かするのも億劫で、最近は映画も観に行けていない。

 

ただ『カメラを止めるな!』は、チネチッタ公開初日に観に行った。あの頃は比較的元気だった。

これはたいそう面白かった。いろんな人に薦めたかったが、こういう映画は薦め方が難しい。

ネタバレが〜なんてのはみんな言ってるからどうでもいいとして、当時はまだ規模が小さくて、単館系映画も選択肢に入れる人じゃないと薦めても観に行ってくれなさそうだったし、そういう人ってすでに情報は手に入れていそうだったし、ぶっちゃけ何を話せばいいのか分からなかった。

結局私が直截その話をして薦めたのは2名だけだったが、今ではあのヒットぶりである。面白い作品を多くの人が楽しんでいるのを観るのは、とても気持ちがいい。

 

最近、初めて電子書籍を買った。電車での行き帰りとか、暇なときにちまちまと読んでいる。

買ったのは榎戸洋司フリクリ〈1〉』。同名OVAのノベライズで、1〜2話が収められている。読みながら、the pillowsの曲が頭をよぎり、不意に泣きそうになる。上述の「ダメになった」せいなのか、最近はやや涙腺が弱くていけない。『トップをねらえ2!』の最終話でも嗚咽してしまった。

フリクリ 1 (角川スニーカー文庫)

フリクリ 1 (角川スニーカー文庫)

 
トップをねらえ2! Blu-ray Box

トップをねらえ2! Blu-ray Box

 

 

マンガとかラノベは巻数が多くてかさ張るので、できれば電子書籍に移行していきたい。けど、ラノベはやたら書き込みをしてしまうから紙の方がいいのだろうか。

そのほか最近読んだ本で言えば、古谷田奈月『無限の玄/風下の朱』が素晴らしかった。

無限の玄/風下の朱 (単行本)

無限の玄/風下の朱 (単行本)

 

 

 

繰り返しになるが、最近はブルーで仕方がない。

本を読んでアニメを見るほかは、 この記事にも書いたように音楽を聴きながらただ夜の街を歩いている。

さすがにこの時期は夜でも暑く、ずっと歩いていると汗が噴き出るのだが、だからと言って疲れたからぐっすり眠れるというわけでもない。歩こうが歩くまいが、寝つきは悪い。

よく近所のラブホテルのことを考える。そういえば、カップルが入っていくのも出て行くのも見たことがない。経営は大丈夫なんだろうか。自分のこともままならないのに、余計なことを考えてばかりだ。

夜に歩きながら聴くASIAN KANG-FU GENERATION「荒野を歩け」は最高で、『夜は短し歩けよ乙女』を思い出して泣きそうになる。ここが京都だったらいいのに、と思うけど、夏はクソ暑いからやっぱり嫌だな。ま、東京もクソ暑いんだけど。

『夜は短し』は、花澤香菜演じる黒髪の乙女が盤石って感じだったのは勿論、星野源演じる先輩も良かった。『逃げ恥』を経た星野源の、性欲と恋愛感情をどのように捉えるべきかみたいなジョニーとの問答のシーンに唸ってしまった。 

 

同僚の女性が会社を辞めた。上で幾つかストレス源を推測してみたが、どうやらこれも少なからず影響していそうだな、と今にして思う。

まあ、遅かれ早かれそうなるとは思っていた。

彼女の扱いがあまりにも不当だったからだ。事の子細は省略するが、何故彼女がそんなことを――それも陰口として――言われなければならないのか、一切分からなかったし、それをニヤけながら言う連中が「これを聞いたお前も共犯だぞ」という目を向けて来ることも腹立たしかった。

結果、彼女は辞めた。まあ、正解だと思う。彼女が死ななくて良かった。

 

彼女が辞めたことは、彼女にとっても良かったと思っている。こんな追いこまれる形で辞めたいとは思っていなかっただろうが、そのまま殺されるよりよっぽど良い結末だった。

けれど、そのことが原因でちょっとここ最近は悶々としている。勿論、彼女は悪くない。

悶々とするのは、私が、上記の共犯者へと誘う視線を送られた飲み会で、肯定否定のいずれの態度も表明できず目線を逸らしてお茶を濁したこと、その曖昧な態度を以てして、私も確かに共犯であり、有責であると考えてしまうからだ。そしてまた、そう考えること自体が、なんだか自身の万能性をどこかで信じている者の振舞いのように思えて、それがしゃらくせえのでまた悶々とする。

悶々。

 

以上が、ざっくりとした最近のこと。

気分が盛り上がらない、というところに尽きる。バイブスが至らない。

髪を切るのも服を買うのも、暑いのと、憂うつなのとで、ままならない。字余り。

特に髪は、一か月前には切ろうと思っていたのに、ずっと先延ばしにしている。髪だけに。これでまた、髪の量多いですね、なんて牽制を食らいそうだ。伸びきってふやけたインスタント麺みたいなものだ。ありがたみはない。

 

 

日曜日、どうにかこうにかユニクロジーンズを1本買った。試着室で、ジーンズなんて着るのは何年ぶりだろう? と考えた。5年ぶりぐらいかもしれない。鏡に映る自分に、ものすごく違和感があった。

ベストジーニスト賞

ベストジーニスト賞

  • provided courtesy of iTunes

裾上げを待つ間、タリーズでミルクティーを飲みながら、三浦しをんまほろ駅前多田便利軒』を読んだ。

突然現れたマイペースで何を考えているのか分からない、けれど何故かいろいろできる怪しい男に振り回されつつ、それまでわりと真面目だったり不器用だった男が否応なしに変化していく――今のところそんなストーリーが展開されそうで、つまりまあある種の典型的なストーリーなのだが、これが面白い。まだ途中なので、まだまだ読める。

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)

 

 

 

「日記」というカテゴリを設置しておきながら、こんなふうに「最近どうなんよ」という類の話を書いたことは案外となかったような気がする。

気恥ずかしくて、過去記事やiTunesAmazonのリンクをたくさん貼ってしまった。

けれど、「最近」一番考えていて、この記事に書きたかったのは、カルチャーの話を含まない、会社を辞めていった彼女についての部分なのかもしれない。

 

これを書くと職種がバレそうだが、この記事を書いている間に、応用情報技術者試験の受験申込み期間が終わっていた。これで4回連続、申込み試験に不合格だ。

こういうのを忘れずにできる人って凄いと思う。

さて、試験に対して振り上げた拳をどうしよう……TOEICでも受けようかな……また5割切りそうだけど……

 

2018年7月のプレイリスト

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前回やってあまり反応もなかったプレイリストを公開するやつだが、懲りずに7月も作成したので同様に公開してみることにした。

 (前回の記事↓)

 

異常な暑さによる疲れが原因なのか、仕事が急に多忙になったせいなのか、その他もろもろのせいなのか、最近は精神が参っていけない。

そういうときはひとまず歩く。その間も考えは頭をぐるぐる回り、その多くはネガティブなものなのだが、次第に疲れてくるとなんかどうでもよくなって、落ち着きを取り戻す。だいたいいつもそんな感じでやってきた。少なくともこの数年は。

だけども、今年は暑くて敵わない。夜の散歩も汗が吹き出て堪らない。そんなときのお供にしていた曲たちです

 

--なんて書くと、ちょっぴりコンセプトっぽくて良い感じでは?  と書く前は思っていたんだが、

純粋に長えな、これ。

 

【ルール】

・プレイリストは一月に一つ作成する

・作成当月に限りプレイリストへの曲の追加削除や曲順変更を認める

・一つのプレイリスト内における同一アーティストの重複選出は認めない。同じ作詞作曲者の楽曲のカバーは例外とする

 

⚪︎プレイリスト(52分)

 

⚪︎楽曲ごとの説明

 

凡例

■アーティスト「曲名」(「収録CD※」)リリース年

説明(感想)

※初出CDとは限らない

 

◾️羊文学「ハイウェイ」(「オレンジチョコレートハウスまでの道のり」)2018年

イントロがなんか落ち着く。一番サビくらいから盛り上がって。

最初にこういうのを持ってきたかったのと、なんか聴く回数が増えていたので入れた。

 

◾️印象派「常温じゃない関係」(「常温じゃない関係」)2018年

かっこいい声とやや舌っ足らずにも聞こえる可愛い系の声の対比が面白くて、あとはサウンドだけで聴ける。

ぶっちゃけあんまり歌詞とか覚えてないけど、好き。

 

◾️SHISHAMO「熱帯夜」(「SHISHAMO 3」)2016年

「明日も」とか「ねぇ」が人気のSHISHAMOだけど、この曲が一番好き。このアンニュイさみたいなのが。

最近みたいなクソ暑い熱帯夜に聴きたくなる。

 

◾️フレンズ「夜にダンス」(「夜にダンス」)2016年

MVのダンスが、ちょっとだけ演劇作品に出て来るダンスを思い出してしまってノスタルジック。

いつでも聴いても良い曲ってのは貴重。

 

◾️ものんくる「ここにしかないって言って」(「ここにしかないって言って」)2017年

Wikipedia先生によるとジャンルはジャズ。そうなんかいな。ジャズは詳しゅうない。

なんか歌い方とか声が好き。

 

◾️SUSHIBOYS「アヒルボート」(「WASABI」)2018年

歌いだしの「アヒルボート乗る アヒルボート漕ぐ アヒルボート乗って 海までYeah! Yeah!」の歌詞の印象に反して、ラップめっちゃかっこいい。ビビる。

 

◾️tofubeats, 玉城ティナ「すてきなメゾン feat. 玉城ティナ」(「POSITIVE」)2015年

tofubeatsの楽曲はもちろん素晴らしいんだけど、玉城ティナの声がときどき椎名林檎に聞こえて驚く。

この声で、当時18歳ですよ。めっちゃビビる。どうなっとんねん。歌詞も含めて。

 

◾️Ghost like girlfriend「sands」(「WITNESS」)2018年

かっこいい。もちろんポップスとして良質なんだけど、イントロでいきなり存在感が強いギターその後も随所に挟まれて、いい感じにアクセントになっている。サビ前とか。

ちなみにCメロっぽいところがグサグサ刺さって、大変に心が痛い。

 

◾️ドミコ「こんなのおかしくない?」(「hey hey, my my?(Extra Edition」)2017年

かっこいい。仕事中も何度か頭の中で「こんなのおかしくない?」って流れて大変だった。

「ほんとそれな!」って感じだった。

 

◾️MONO NO AWARE「マンマミーヤ!」(「人生、山おり谷おり」)2017年

このよくわかんないけど、ちょっぴり懐かしい感じは何なんだろう。

「もういい!どうにでもなる気がする」の開き直りがちょっとぐっとくる。

 

◾️LUCKY TAPES「22」(「22」)2018年

オシャレな感じの音楽で表すしかないのは自分の語彙力を呪う以外ないのだが……。

身体が動く感じとか、この出だしとかはブラックミュージックっぽいのに、ちょっと聞きやすくて、オシャレな感じなんだけど入っても許されそうっていうか。

 

◾️ニガミ17才「化けるレコード」(「化けるレコード」)2018年

これもまた何を言っているのか分からないんだけど、なんかかっこいい。

MVの平沢あくびのあの表情は、自分を可愛いって分かってるやつの顔だ。

 

◾️さかいゆう「Fight & Kiss」(「Fight & Kiss」)2017年

アウトロがピアノで盛り上がってピシッと終わるのがとってもかっこいいのでラストに置いた。

順番とか抜きにしてもかっこいい。

 

 

並べて、楽曲ごとになにか書いてみると、全部同じようなことしか書けていない……。

先月のものに比べ、より「最近の曲」ばかりになってしまった。これらのバンド、好きっていうよりこの曲しか知らんぜってのが実は多い。

あげく歌詞も実はそんな聴いていなくて、なんかよくわかんないけど落ち着くとかテンション上がるぐらいでプレイリストに突っ込んでいった。 

あまりにもいい加減である。

 

テキトーなことを書いているけれど、歩道橋の上で夜風を浴びながら聴くのが本当に気持ちが良いんすよ。それにしては長いけど。52分。

気分が優れなかったので、今聴く曲を昔好きだった曲にすると、生来それを聴いたときに今を思い出してつらくなって昔みたいに聴けなくなりそうだから――そんな風にビビって、新しい曲を、今まで聴いたことないような曲を、と躍起になった面は否定できないけれど、あとは少し、下に引用するツイートのような気分でもあった。

 

 〆の言葉にしては中途半端だけれど、そんな気持ち。

 

今注目のバンドSuchmosの代表曲や名前由来!気になる恋人の噂!?まとめてみました!!

最近の文化系女子に大人気!  今年行われたロシアW杯のNHKのテーマソングにも選ばれるなどますます人気が出てきそうなSuchmos(サチモス )

気になるデビューのきっかけ身長体重について、特に調べもせず偏見でまとめてみました! 

ほかにも、気になる熱愛彼女についての情報も……ぜひ最後までご覧ください!

 

 

Suchmosのプロフィール

サチモスさんのプロフィールは以下です。

 

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名前

Suchmos

結成時期

2010年8月

ジャンル

オルタナティブ・ロック、ガレージ・ロック

 

ちなみに気になるバンドメンバーですが、バンドなので4人だと思います!

 

Suchmosの結成経緯

 

サチモスさんの結成の経緯ですが、

高校の同級生だったKenさんとSuzyさんが目黒のライブハウスでばったり遭遇して意気投合!

そのまま近くのスタジオに移動してセッションをしていたところ、気づいたらメンバーが集まっていたそうです。

 

ですが初期メンバーのボーカルの方が受験、進学を機に脱退。

代わってSuchmosに加入したのが、

当時渋谷WWWでバイトされていたYONCEさんでした。

 

Suchmosのデビューのきっかけ

 

サチモスさんのデビューのきっかけですが、2014年に開催されたレーベル主催の音楽コンテストで優勝したんだそうです!

翌年2015年にアルバム「Suchmos」でメジャーデビュー。

コンテストで優勝なんてすごいですね!

 

Suchmosの代表曲

 

大人気のサチモスさんですから有名な曲もたくさんありますが、今回取り上げるのはこの曲です!

 

 

CMにも起用されている曲なので

耳にしたことのある方も多いのではないでしょうか!

 

最初の歌詞は「Stay to in the Tokyo paradise.」と歌っているそうです。

目黒区出身のサチモスさんにとって、地元である東京はまさに楽園なんですね!

 

Suchmosの身長体重は?

 

サチモスのみなさんの身長、

体重は公開されていません…

が、映像で見る限り、ボーカルのYONCEさんは180cm以上ありそうです。

細身なので体重は63kgぐらいでしょうか。

 

他のメンバーの方もバンドマンなので

みなさん170cm以上💪あると思います!

 

Suchmosの出身校は?

 

サチモスのみなさんの出身校は公開されていませんが、

管理人の妄想によると

ボーカルのYONCEさんの出身大学は青山学院大学なんだとか!

 

発言が独特なYONCEさんですが、

青学と聞いて納得です!😊

 

Suchmosの名前の由来って?

 

サチモスって珍しい名前ですよね?

その由来がやっぱり気になっちゃいます!

 

なんでもメンバーのみなさんがみんな犬好き🐶で、

犬を飼うならどんな名前にしたいかという話になったとき

みなさんが思いついた名前の頭文字から

つけられたそうです。

 

Suchmosに彼女っているの?

 

気になる熱愛中の恋人についての情報ですが、

調べた限りでは見つかりませんでした

でもバンドマンさんなので、

まあたぶんいるでしょうね!

 

まとめ

 

これまで、

Suchmosさんについて書いてきましたが、

いかがでしたか?

 

◯◯2世とか和製△△なんてワードが飛び交う音楽業界で、

個性的なキャラクターと音楽でその地位を確立してくれそうですね。

 

それでは、最後まで読んでくださって

どうもありがとうございました!^^

 

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※この記事はフィクションです。登場する人物、団体名、サチモス等は架空であり実在のものとは関係ありません。