ヤンキーになりたかった

食う寝る遊ぶエビデイ

『あみこ』感想: レモンスカッシュパンチ

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映画『あみこ』を観た。ようやく観た。 

仕事の都合などもあり足を運べず、5ヶ月越しの対面と相成った。

 

そもそも私が映画館に足を運ぶのも10月初旬以来のことであった。

久々すぎて、途中で飽きたらどうしようかと不安だったが、それは杞憂だった。

 

というわけで感想である。いつものごとくネタバレを含む。

 

 

映画は、あみこ(春原愛良)が教室の窓辺からグラウンドを見つめるシーンでスタートする。

「2月3日、アオミくんがいない」

私が『あみこ』を観た日もちょうど2月3日だった。

そんなものはただの偶然でしかないのだが、ああ最高だな、と思った。

スクリーンでは、あみこが頭を抱えて崩れ落ち、近くにあった机が倒れる。

 

話はそれから時間を遡り、あみことアオミくんの「出会い」が描かれる。

とはいっても、互いに実は顔と名前ぐらいは知っている。

けれど、こうして話すのは初めて、みたいな距離感。

そのあとの会話で、あみこはアオミくんに惚れてしまう。

「意味ないって言ったら、この世の中なにもかも意味ないでしょ。全部どうでもいいよ。(……)普通の奴らは今こんなことに気づかないで、高校生活を送るでしょ。それで大人になって、ああ、あの頃はよかったって語られるのが今だよ。でも、今からそんなふうじゃずっと苦しいね。だからさ、もう意味とか考えずに最強になればいいと思うんだよね」

 ニヒリストなあみことアオミくん。

 

しかし、あみこは、それ以降アオミくんと話さない。

TSUTAYAでストーキングしたりするけれど話さない。

そしてアオミくんは、「大学に行ってブスになった」瑞樹先輩(長谷川愛悠)と付き合い始め、そのまま東京の彼女の家で同棲を始めてしまう。

あみこは、500玉貯金を友人の奏子(峯尾麻衣子)にちょっと色を付けて1万円札2枚に両替してもらい、 長野から東京に旅に出る。

物語は前半パートの長野編と後半の東京編に大きく二分されている。

 

この映画で最も印象に残っているセリフは、東京編のあのセリフである。

あみこは立教大学から出てくる瑞樹を見かけストーキングし、紆余曲折を経て彼女のアパートを突き止める。

そして翌朝、彼女が家を出た隙に部屋へ忍び込み、寝ているアオミくんに馬乗りになって(!)、アオミくんの顔を殴って(!!)起こし、会話をする。

そんなシーンで出てくる、こんなセリフ。

「あんな女、大衆文化じゃん!」

 

多くの人が言及する、分かりやすい「パワーワード」だ。

それをありがたそうに取り上げる感想はあまりに月並みだろう。

それにこの感情自体、フィクションの中では珍しいものじゃない。

あんな凡庸なやつ、なんであんな奴――対して私は、特別で、理解者になれて、エトセトラ。いくらでも、この感情を言語化する言葉は思いつく。

それでも、ここまでそれを印象深くし、かつ端的に表すワードをここに当てはめられた山中瑤子監督がひたすらに素晴らしいと、これを聴いた瞬間、思った。

 

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あみこは、自分たちは「特別」なんだと、どこかで思っていたんだろう。

その「特別さ」は、「真実」が見えてしまうということ。

ニヒリスティックな目で、世界を捉えてしまうということ。

これは、ストーリー紹介の次のような文章に顕れている*1

「人生頑張って仕方がない。どこへ行こうが意味はない、どうせ全員死ぬんだから。」―そんなあみこが恋に落ちたのは同じく超ニヒリストながらサッカー部の人気者でもあるアオミくん。一生忘れられない魂の時間を共有したふたりは、愛だの恋だのつまらない概念を超越した完全運命共同体現代日本のボニー&クライド、シド&ナンシーになるはずだったが…。

 

この前提があるから、「私、自分は長野市で一番可哀想な女の子だと思ってた。長野県全体だと8番目くらいで、北信越大会行けちゃうレベル」みたいなセリフがとても映える。

東京編に入って以降とくにフィルムは素晴らしいな、と思えるんだけれども、あみこの目から観たときに大きく変わってしまったアオミくんと、瑞樹の部屋で相対するシーンのあみこのセリフはとりわけ全部素晴らしい。

 

しかしこのままでは、あみこがどこにでもいる可哀想な、「特別」だと思ってる凡庸な女の子で、これはどこにでもある凡庸な話だった、という結論に至ってしまう。

もちろん、そうではない。

では、あみこと凡庸を分かつものは何なのだろうか。

 

ひとつたしかにあるのは「爆発」である。

あみこがレモンを齧るシーケンスを思い出そう。

山中はインタビューでこう述べている*2

(中略)あとレモンは梶井基次郎の『檸檬』(1925)が好きということもあって。

 あのレモンはまさしく丸善で爆発するはずだった爆弾と重ねられているのだ。

 

風呂であみこがレモンを齧るシーンでは、レモンにしゃぶりつく音が、アオミくんが瑞樹とフレンチ・キスをする際のリップノイズと重ねられる。二人はそのままベッドに倒れ込む。

だからレモンを齧るシーンと性を結びつけることは簡単だ*3

しかしだからこそ見逃されがちなことがある。それは、あみこが湯を張った風呂で、裸になって、体を丸めていたことだ。これは羊水に浮かぶ胎児のメタファーたりえる。

つまりあのシーンで、あみこは二人のセックスによって妊娠され=胎児となって、その後、再誕したのだ。

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キスについて、上に引いたインタビューで山中はこう述べている。

[引用者注: 気になる監督を訊かれ濱口竜介を挙げて]『PASSION』で急に風呂場でキスするところあるじゃないですか、ぞくぞくしちゃって。あの感覚が好きなんだと思うんです。これは『あみこ』のテーマのことなんですけど。だんだん年取っていくと、なにごともルーティン化しちゃって、新鮮さが薄れていくじゃないですか。

セックスにおける「新鮮さ」の喪失と「ルーティン化」については、舞城王太郎『淵の王』の中で次のように表現されている。

さおりちゃんは東京の大学を受ける。受かる。東京の調布市に住む。同じく東京の日本橋に住み始めた三奈想くんとも付き合い続けてるし、二度目のセックスもする。三度目も、四度目も。もちろんそんなの数えるのバカらしくなる。

セックスは、なるほどルーティン化する。もちろん、キスも。

だから、アオミくんと瑞樹も、あのまま付き合い続けていたら、マンネリ化し、そういったことに飽きたのかもしれないし、実はすでに飽きていたのかもしれない。

しかし胎児あるいは乳児たるあみこは、機関車みたいに、次々とレモンを音を立てて齧る。そのさまは、母乳を吸う赤子に似ている。

 

この純朴な必死さが、嘘を生きるられること、それをある種ルーティンとして引き受けていることを良しとしない。嘘の反対には真実がある。真実とは、まさにあみことアオミくんとの間に存在した、あの「魂の時間」である。

嘘を良しとしないならば、あみこの向かう先は東京の、瑞樹の部屋にいるアオミくんのもとしかない。

しかし、あみこが旅路の果てに出会ったのは、ニヒリスティックで真実を目に映す魅力的だった特別なアオミくんではなく、ヒモ同然の面白くもないアオミくんだった。

そして、名台詞が頻出するあの場面に至る――。

 

梶井基次郎檸檬』における「檸檬」は、「疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さ」であると思えるようなものであった。

しかしその感覚は当然「思いあがった諧謔心から」考えてしまった「馬鹿げたこと」であるとは自覚の上である。

だから、丸善に置かれた「檸檬」も爆発しない。

 

レモンというシミリと性と羊水のメタファーが演出した再誕も、所詮は、あみこを行動に向かわせるための虚偽でしかない。

だからあみこがアオミくんを殴るときも、実際的な力を「爆発」させるわけではない。

それは、指に「P×U×R×E」つまり純粋PUREの文字を書くことでなんとかつなぎとめられる純粋さであり、画面のこちら側に指の背を見せつけるような「おともだちパンチ」*4程度の力しかない。

 

すべては無意味だったのだろうか。

あみこが東京に出かけた、という事実は残る。

機関車みたいな「爆発」的行動を見せた、という事実は残る。

ほとんどすべてのことが無意味だったのだとしても、機関車的な、「無敵」の可能性を残していると期待することが許される限り、ニヒリズムに回収されない領土が存在すると信じられる。

それはきっと、とても青臭い、数少ない希望だ。

 

梶井基次郎檸檬』の引用は、「青空文庫」に拠る。

 

*1:Amiko.Official より

*2:山中瑶子インタビュー(『あみこ』):連載「新時代の映像作家たち」 – ecrit-o より

*3:そもそも、食と性はさまざまな作品で結び付けられてきた。伊丹十三の映画『タンポポ』を思い出そう。

*4:森見登美彦夜は短し歩けよ乙女』より

センター試験でコケたのに華麗に進学キメた佐島の話

相も変わらず寒くてしょうがないが、この土日、東京は雨や雪の心配がないらしい。北日本は少しマズイとかなんとか。

特に予定があるわけでもないのに天候を気にするのは、この土日がセンター試験だからである。

 

センター試験。もはや懐かしい響きだ。

すでに初日の試験を終えた受験生たちに私から送ることのできるアドバイスはない。とはいえ、得意げに自分語りをするのも芸がない。

だから今回は、私の同級生・佐島(仮名)のエピソードを書こうと思う。例のごとく本人に許可は取っていないが、まあどうせ本人も忘れていよう。

 

さて、センター試験は、はっきり言って難しい試験じゃない。

目指す大学が難関校と名指されるものになっていくにつれ、よりこの試験は「いかに落とさないか」が問われる試験になっていく。

 

私は、地方のいわゆる進学校に通っていた。

それに、友人は理系に進んだものが多かった。

だから多くは国公立志望であり、まあ簡単に点をとって、さて二次試験は第一志望の国公立に出願するかな、とかそんなことを抜かす予定でいた。

 

しかし、予定はあくまで予定である。

一日目から少し雲行きは怪しかった。

国語とくに古文が難しく、試験終了後の会場は阿鼻叫喚だった。

周囲の見知らぬ受験生は「意味わからんくない? 全部3にしたんだけどw」「ウケるw」とか言っていたし、同級生の一人は「は? わけわかんないんだけど? は?」と動揺しすぎて私にキレてきた。いや、知らんし。

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とはいえ一日目終了時点で、そこまで悲観的な空気はなかった。

先述の通り私の周囲には理科系が多く、また初日の科目は文科系科目がメインであり、「ゆーて理系なら他のやつらもできてないっしょ」という謎の言い訳が出来たから。

一つは、自己採点をしていなかったことで、被害状況がまだ具体的には認識されていなかったから。エトセトラ。

 

私たちは元気に別れ、翌朝も元気に挨拶を交わした。

そんな理科系科目メインの二日目。

簡単なはず、と見くびっていた数学1Aが激烈に難化した

 

ちょうど数1A終了後が昼食時間だったのだが、もう佐島も含めみんな目の焦点があっていない。

「俺、志望校決めたわ。駿台」とか、面白くもないギャグを真顔で言ってくる。

河合と代ゼミで花占いを始めるやつまでいて、お通夜みたいな空気だった。

 

昼食後の試験は数学2Bと化学、物理または地学だった。数学2Bはやや易化したが、化学と物理は見事に難化していた。

理系生の多くは化学と物理を選択していたからこぞって散っていった。見事な散りっぷりで塵となっていった。

佐島もそうだった。

 

試験会場からの帰路の電車内は、昼休憩にも増して暗く、お通夜を通り越して地獄だった。

私は不真面目な受験生だったから、もう試験のことなど忘れて西尾維新を読みながら電車に揺られていたのだが、何やら横で落ち着きがない者があった。

佐島である。

 

どうしよう、どうしようと佐島は青ざめるばかりで、自身が青ざめたことでさらに青ざめるような、そんなどうしようもない状態だった。

「終わったことなのだからどうしようもあるまい」と言うと、

「どうしよう」というのだから仕方がなかった。

みなが最寄り駅だからと降りていき、私と佐島だけになった。

 

佐島は意を決したように、「今から、自己採点する!」と宣言した。

自己採点――公開された解答を元に、自分が何点取れているか採点する行為。

それは、現実を突きつけられる非情な儀式だ。

「待て、佐島」と私は言った。

「いや、いいんだ。僕はやるよ」

「しかし――!」

「このままじゃ、気になって気になって仕方がないんだ」

「そんなことをしたら――」

「だって、もう終わったことだから。今から点数が変わるわけじゃないし」

むむむ。これは一本取られたぞ……とか言っている場合じゃなくて……。

 

白状するが、私はこのとき既に、佐島の点数が悪いことは確信していた

だって、帰路で彼の口をついて出るのは、失敗しただのコケただの、試験に対するネガティブな感想ばかりだったし、顔の青ざめ方がハンパじゃなかったし、何より佐島にはなかなか阿呆なところがあった。

打算的な私はすぐに、どう慰めるかについて思考を巡らせたが、私の貧弱な脳みそでは、適切な解答を導き出せなかった。

 

「いいのか?」と私は訊ねた。

「うん」佐島が、まだ何もしてねえくせにやりきった感たっぷりに言いやがった。

「もし点数が悪かったとして、俺はお前を慰められる自信がない」

「うん」

「でも、やるのか?」

「うん。それに、点数が悪くても、慰めてくれなくて構わない」

そこまで言うのなら、と私は採点を促した。覚悟を決めた男にできることは、それぐらいのことだろうと思ったのだ。

かくして佐島は自己採点を開始した。

数分後、そこには、さらに顔を青ざめさせて「どうしよう!」と言ってくる佐島の姿があった。

 

「ヤバい……ヤバい……」と、佐島はそればかりを口にする。

しかし、私には慰めるわけにはいかない。

それが数分前の男・佐島との約束だからである。

「慰めて!」

男・佐島との約束だからである。

「うわあ、どうしよう! 物理48点!  ねえ、ねえ???」

約束……とは……

 

そうこうしているうちに電車は佐島の最寄り駅に着き、彼は電車を降りていった。

巨漢であるはずの彼の背中が、その日はとても小さく見えた。

彼はこのまま死ぬんじゃないか、私はそう思えてならなかった。もしかしたら彼は、我が県の誇るあの海に向かって身を投げてしまうのではないか、と。

 

翌日、センターリサーチ*1を出すために、私たちは登校することになっていた。

自己採点を経て被害状況が確認され、受験生たちはみな動揺していた。

国語や理数系科目の難化を嘆く声も多数聞かれた。

「どこに出しゃいいんだよ……」

「国語80点……」*2

「数1A40点……」

進学校とはいったい……。

 

そんな中で、昨日はあんなにも死にそうな顔をして別れた佐島が、ケロッとした顔をしていた。

いったい何があったのだろう? それとも、無の境地的なアレだろうか? とか思いながら、私は彼に話しかけた。

「昨日あれからどうだった?」

すると彼は、顔色ひとつ変えずこう答えた。

「あのあと、お母さんのカレー食べたら、元気が出た!」

あ、そうですか。

 

なお後日譚だが、私たちの多くがことごとくスベり倒して浪人を決めていく中、私たちの周囲では佐島だけが国公立大に合格し、現役進学を決めた。

彼の得点を聞くにいったい何が起こったのかと思ったが、今となってはもう当時のことは分からない。

確かなのは、彼が真横で自己採点しオロオロしていたことと、彼が母親のカレーを食べて元気を出したということだけだ。

 

毎月20日カレーの日である。

今年のセンター試験2日目は、偶然にも20日だ。

みんなでカレーを食べよう。それがいい。きっといい。

 

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*1:全国の受験生が自己採点結果をもとに志望校を書いて予備校に提出する。予備校はそれをもとに各国公立大のセンター試験得点のボーダーラインを算出し、合格可能性判定と共に返却する。

*2:国語は200点満点である。

自己啓発書でも読んだほうがいいのか?

半期に一度、上司との面談がある。

前回の面談で、「今後、どんな風になりたい? 来年とか、自分がどんなビジネスをやっていたいか、どんなことに取り組みたいか、どうなっていたいか、想像してみて」と、Imagineを歌うジョン・レノンよろしく想像を促された。

正直、「好きな人のかれぴっぴになりたい」という回答が真っ先に思い浮かんだが、そういうことが期待されているのじゃないとさすがに分かっているので、「ちょっと思いつかないですね、すみません」と返した。

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上記のエピソードが雄弁に物語っているように、私にはあまりビジネスだとかそういうものへの熱意がない。働き始めてもう数年が経ち、もう「いい年」になっているにもかかわらず、だ。

「仕事・ビジネス」というカテゴリーを設定しているが、いつも本当にくだらないことばかりを書いている。カラオケの話とか。正直これを読んだところで、キャリア形成やスキルアップには何の役にも立たないだろう。書く方にしたって、そうだ。

 

そもそも私はビジネスという言葉が嫌いだ。

あまりにもその意味がころころ変わるからだ。

しかし、このふわふわした言葉を皆よく使う。

 

ビジネスにつながる、と言うとき、

・1つの案件として受注できるというレベルなのか、

・部署を新設して取り組むべき事業というレベルなのか、

・1つの案件を足がかりに「得意先」になってもらえそうというレベルなのか、

それがいまいちよくわからない。

 

そんなものは文脈依存なんだからよく話を聞いていれば分かるだろ、と言われて終わることなのかもしれない。しかし、まあぶっちゃけ、面倒くさい。

だから私の中で、「ビジネス」という言葉は、なんか使っておくと雰囲気が出るぐらいの立ち位置になっている。その意味ではブロックチェーンとかAIとかと近い。

実際、「ビジネス」と口にするとき、ちょっとだけ気持ちが良い。

なんか、いっぱしの資本家になった気分がする。

でも、やっぱりあまり好きじゃない。

ラリー・ペイジジェフ・ベゾスのことはよく分からないし、今日もECサイトでポチポチするのが楽しい。

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好きじゃない言葉なのは確かだけれど、私がビジネスへの熱意に欠ける理由はそれだけではない。

それには私の受験のときのアレコレとそれに付随して生じてしまい、今も巣食っている苦手意識が関係していると睨んでいる。しかし、その話は長くなるのでここでは書かない。

これもまたきっと「書きたい日記」の領分だ。

 

私は「ビジネス」ってやつがあまり好きじゃないが、世のトレンドはそうじゃないらしい。

一つのSNSというサンプルとして扱うには偏った集団を観測した限りでは、起業して「デカいことするぜ!」みたいな人が溢れている。

何かにつけて「学びがあった!」とか「刺激があった!」とか大仰な言葉を使う様は、あまり私の趣味には合わないな、と思うが、そういう嬉しそうな反応を示すやつが人として付き合うにあたって好印象を受けやすいのはまあ間違いなかろう。

 

ZOZOの前澤友作氏が、「お年玉」として100人に対して100万円ずつ現金で渡す、という総額1億円プレゼントを行う旨のツイートをした。

応募方法は、前澤氏のツイッターアカウントをフォローし、キャンペーン告知のツイートをリツイートするだけというよくあるもの。

しかし、そのプレゼントの大きさや彼の知名度も相まり、リツイート数は世界記録を更新するに至ったという。

 

これに対し、「さすが! 面白い!」と反応したのも、上述の「学びがある!」と言うタイプの人たちだった。

中には――どれぐらいの割合で詐欺があるのか想像もしたくないが――、「前澤さんに乗っかることにしました! ぼくもXX名の方にYY円を現金でプレゼントします!」というツイートがあった。

まあ、前澤氏自体に罪はないだろうが、そういったツイートが溢れかえっている様はなかなかに地獄絵図だった。

 

そんな中に、金ではなく本をプレゼントするというものがあった。

その企画は「めざましテレビ」にも取り上げられた。そのシーンを抜き出した動画によると、企画者は24歳の男性らしい。

自身が昨年読んだ中でオススメの本をプレゼントするとのこと。書籍をズラッと並べた画像が誇らしげに掲げられていた。

 

ラインナップを見ると、

君たちはどう生きるか』(作画・羽賀翔一、原作・吉野源三郎

『バカと付き合うな』(堀江貴文西野亮廣

『日本再興戦略』(落合陽一)

など、よく書店に平積みされていた、いわゆる「ベストセラー」ばかりだった。

 

彼の並べた書籍は、しかし、ありきたりであるが故に、トレンドをしっかり押さえたものになっていた。つまり、こういうのを読み、そしてこういうのを紹介すればいいんだな、という視点で見ればそれこそ「学びがある」ような。

私も過去に、ゴールデンウィークにオススメ! と称して書籍を何冊か紹介したことがある。そこでは、小説、漫画、エッセイを並べていた。

しかし最近、さまざまなブログを見て思うのは、みんな紹介するのも結局、ビジネス書またはライフハック自己啓発本なんだな、ということだ。

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私も、そういった類の本を読んだほうが良いのだろうか?

タイトルや出版社で敬遠していた、それらの本を。

私の中の、ミーハーな部分が囃し立てる。

 

それらを読めば、私も少しはビジネスに興味が湧くだろうか。

あるいは、何か社会を変革したいという熱意が湧くだろうか。

研修の休憩時間に、デール・カーネギーの本を読んでいた彼――研修は真面目に受けましょう、みなさん弛んでいます! と、朝礼でリーダーシップを発揮して同期全員に発破をかけた直後に爆睡していた彼のように?

 

前澤氏の1億円バラマキキャンペーンは、対象者にDMが送られた、という。

100万円を使って何がしたい、というビジョンが明確な人が対象となったらしいが、これはまあ、大方の予想通りだろう。その意味では、前澤氏はかなり明確なヒントを出していたことになる。

投資と呼ぶには100万円はみみっちい気もするけれど、じゃあ10人に1000万円と言われても当選する気がしないし、もっとバラマキに徹して1000人に10万円と言われても、いまいちテンションが上がらない。それ以外だと見栄えが悪い。そう考えると、なるほどたしかに100万円を100人に、というのはちょうどよい。

 

私もカーネギーの本を読めば、その「ちょうどよい」感覚を身につけられるのだろうか。

前澤氏に興味を持ってもらえるようなビジョンを描ける人間になれるだろうか。

「好きな人のすきぴになりたい」とかいう、おちゃらけたものじゃないような。

 

自分の本棚を眺め、そこに自己啓発書やビジネス書が並んでいるさまを想像してみる。

本棚から、「アツい学び」が零れ落ちそうになる瞬間を夢見てみる。

やっぱりそれは、非現実的に思えてならない。今までに縁がなさすぎたのだ。

 

『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』、『the four GAFA』、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』……。

よく車内広告とか書店で平積みされているのとかで見かけるタイトルを思い浮かべながら歩いてみる。

何かが音と立てて足にぶつかった。捨てられないままのAmazonの空ダンボールだった。

ふと部屋を見回すと、もらったものの手をつけていないお菓子や着けなくなったネクタイ、空になったペットボトルが転がっていた。

私がまっさきに読むべきは、コンマリ本なのかもしれない*1

 

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法

 
毎日がときめく片づけの魔法

毎日がときめく片づけの魔法

 
人生がときめく魔法の片づけノート

人生がときめく魔法の片づけノート

 

 

画像は全て、unslashから 

 

*1:だがコンマリ本の哲学ではきっと、本棚こそ真っ先に「断捨離」されるべき対象だろうから、悩ましい。

このアニメが(個人的に)見たい2018!

12/28。金曜日。

仕事納めだったという方も多いのではないだろうか。

私はちょうど有給を取ったので仕事納めは27日だった。同様に、連休を伸ばそうと何らか足掻いた方もいらっしゃるかもしれない。まあいずれにせよ年末年始の休暇に入ったばかりといった具合であろう。

 

今年は日と曜日の噛みあわせが良く、大型連休となっている人も多いと聞く。

しかし、Amazon Primeに入ったことを書いた記事でも紹介したが、NETFLIXの広告にあるように「実家は意外とやることない」のである。それでも多くの人は実家に帰ることになるんだろうし、私もそうなる予定である。面倒くさいな、マジで。

 

「実家は意外とやることない」はずなのに、なんだか親戚の家への移動だとか、諸々で案外と時間が取れないぞ、なんて未来は何となく見える。

それこそ、誰かのフォローばかりをしていたら定時がやってきて自分の仕事は何一つできていないことに気づいた平日みたいに。

だから「どうせ暇だろ」なんて書くのは自分の首を絞めることにもなりそうだが、あえてやってみたいのである。「このアニメが見たい」ってやつを。

 

「このミステリがすごい」

「このマンガがすごい」

「すごい」は耳馴染みがあるけれど「見たい」なのはこれ如何に?

問いかけ形式にしてみたが、別に何か壮大なカラクリがあるわけじゃない。

凄い、と言うとハードル上がりそうだから、この冬はこのアニメが見たいなあって思っているんだなあ、って書きたいな、というだけである。

上に引いた記事と同様に、現在つまり2018/12/29時点でAmazon Prime上で、Prime特典として見られるアニメ作品を対象とする。

 

 

 ■あそびあそばせ(2018, 全12話)

 2018年夏クールアニメにて、顔芸で話題をかっさらっていたらしい一作。

よくある日常系アニメなんだろ(ハナボジー

って感じで見送っていたのだが、せっかくあるなら見たい一作。

大学時代の知り合いとリプライでやり取りする際によく使われる、あのワンシーンが見たい!

――なんて呆れるぐらいに不純な動機なんだ………

 

たまこラブストーリー(2014, 映画)

 この作品のTVシリーズである『たまこマーケット』は見ていたのだが、結局未視聴のままになってしまっていた劇場版。

こちらの評判はすこぶる良いし、『聲の形』も『リズと青い鳥』も面白く観たのだが、いかんせん上記TVシリーズの印象が強すぎて……

モチマッズイなんかいらんかったんや……

そういえば、EDの「ねぐせ」はやたら好きだったな。

 

ゆるキャン△(2018, 全12話)

ふじさんとカレーめん

ふじさんとカレーめん

 

今年の初め、みなさんゆるキャンって言ってましたよね。

イロハを知らないオタクが冬のキャンプを試みて凍死するんじゃないか、とか言われてましたよね。

ゆるキャンのオタクのみなさん、生きていますか?

私は、その波に乗り遅れたので、このアニメを観ておきたいです。同僚と登山することもあるので。このあいだ、クソなめた格好で登山して、死ぬかと思いました。これを機に勉強しようと思います。

ところでゆるキャン△ってなんですか? 本田△みたいなもんですか? というか、これ、もう通じないやつですか?

 

 

 

こうしてアニメを3作リストアップして、日常系、観ないんだなあ、と気づいた。

そして、Amazon Primeにアニメが意外と少ないように思えてきた。関連作品がどの作品を見てもたいてい同じだし。

やっぱりNETFLIXの奴隷になるしかないんだろうか。

 

そして、日常系って、日々に疲れているときに息抜きで観るのが至高なんであって、年末年始にガッツリ観るには向いてないよな、なんて。

「シャロちゃ~ん」「はゎゎ~~~♡」「ふみゅ~~~ん>△<」

頭おかしなるわ。

 

結局、何もせず、時々、昔見たアニメを見直したりしていそうだ。

このあいだの三連休に『Steins;Gate』を完走したように。

宇宙よりも遠い場所』(よりもい)とか、『SHIROBAKO』とか観ていそう。なんなら、「よりもい」ならさっき1話見直したし、なんなら既に軽く泣いた。もはやパブロフの犬

 

ちなみに過去記事との関連で言うと、

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』が2シーズンとも配信対象になっている。

一色いろはを愛でるには「続」を観るといろいろ捗る。

 

一部有料化の騒動もあったが、『SSSS.GRIDMAN』もPrime特典で観られる。

宝多六花さんをすこれ。

覚・醒

覚・醒

 

 

ダーリン・イン・ザ・フランキス 』も配信対象だ。

イチゴのポンコツぶりや、ヒロとゼロツーの、聞いているこちらが恥ずかしくなるような愛のぶつけ合いを堪能できる。

上村くんの良質なポエムを聴けるのは……いや、上村くん、いつもポエム読んでたわ。

独りとヒトリ

独りとヒトリ

 

 

まあ、そんな感じ。

現場からは以上です。

時期的に今年最後の更新になりそうだけど、こんなゆるっと終わってよいのかしら……

 

 

カラオケという名の地獄に音楽は絶えない

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世間はクリスマスイブだ、イブイブだなどと騒いでいる。年末である。

どうもこの連休は寒波がきているらしく、さらに仕事納めの頃にはもっと強い寒波が来るそうである。

暖冬とは何だったのか。勘弁してほしい。

 

さて、年末である。年の瀬である。

恋人がいる人にとってはクリスマスは一大イベントだろうが、そうでない人たちにとっても、多くの人にとって避けられないイベントが存在する。

忘年会である。

 

忘年会といえば余興――若手社員が何かやらされるか、良い年した管理職がノリノリで何かやるのを見せられるか。まあ、どっちにしろ気分は悪いもので。

マスコミが騒ぐところによると、今年のトレンドはDA PUMPの「U.S.A.」らしい。

まあ、今年流行った曲だし、DA PUMPの名は懐かしさがあるし、これほど忘年会に向いている曲もない。何かしないといけないなら、悪くないチョイスだと思う。

 

と、ここまで書いてきた内容からの予想した展開とは異なるだろうが、私のいる部では、幸いにして余興の文化はない。

だからこういったダンスだとか歌には無縁……のはずだった。

事件が起こったのは、年末ではないがとある四半期期末も近づいたとある夜のことだった。

 

その日は、確かに四半期末は近づいていてやや慌ただしさはあったけれど、それでもなんてことのない金曜日だった。

残業していると、あまり話したことのない先輩が「いまから飲むんだけど、来ない?」と話しかけてきた。

「佐藤くんが、キミがドラマをめっちゃ見ているって言ってたからさ。語ろうよ」

 

 

私は別に「ドラマをめっちゃ見」るタイプではなく、たまたまそのクール、面白く見ていた作品があると話したことがあるだけで、それを佐藤という同期*1が誇張して伝えていたのだった。

なので、何か「語」れるとも思わなかったが、その「語ろうよ」と投げかける瞳の何も疑っていない感じに引くに引けなくなり、「はい」と言ってしまった。

 

私たちはさっそく居酒屋へと移動した。

「いやあ、あのドラマいいよねー」と、早くも先輩はジャブをしかけてきた。

「いいですよねー」と返すと「うん」と先輩は満足げに言い、話は終わった。

 

その後、何人かが合流し、以降ドラマの話をすることはなかった。それなりの人数の飲み会になり、その中で二人で話すのも、といった具合になったからだった。

あー、もしかして、あの雑な返しから幻滅させてしまっただろうか。だとしたらば、89%ぐらい佐藤のせいだけど、それはそれで申し訳ないな、とか考えていると、終わり際、くだんの先輩が満面の笑みでこう言ってきた。

「いやー、今日は語れてよかったね」

 

……は? え? そんなので良かったの?

と、まあ、正直言うとかなり拍子抜けしてしまった。ああ、なんだ。普段私がクソオタクをこじらせているせいでこんな長文レビューを書いているだけで、クソオタクをこじらせた人たちと学生時代につるんでいたせいで居酒屋の閉店までずっとアニメや映画の話をしていただけで、本来「語る」なんてのはこのぐらいでいいんだ。

そんなことに気づけた夜だった。

 

さて、ここで終われば、なんてことはない飲み会の話である。

しかし、困ったことがあった。私たちの多くは大いに酔っていたことである。それはもうすこぶる酔っていた。

先輩はこんなことを言いだした。「ねえ、主題歌デュエットしようよ」

 

……は?

この発言を受け、なんだか「カラオケ行きましょう! カラオケ~!」みたいな空気になってしまった。こうなるともう歯止めは聞かない。開戦前の空気である。

「代表堂々退場す」よろしく逃避を試みるが、飲み会の参加者も多く自然と目を光らせる者も多い。すぐに捕まり、首根っこを摘まれ、カラオケボックスに連れ込まれてしまった。

 

早速入れられるドラマ主題歌。渡されるマイク。

ちなみに、この主題歌、全然デュエット曲なんかじゃない。

どうすればいいんだ、と思っていたらば、まず先輩が歌いだした。そしてサビ終わったら「次はキミだよ!」みたいなアイコンタクトを送ってくる。

は? なに? 「打上花火」のテンションなわけ? 俺ら米津玄師とDAOKOなわけ? もう全国の米津玄師とDAOKOに謝るしかない。

……先輩のあとを受けて歌い始めたが、なんか普通にムズかった。

 

しかしここでも先輩は満足げだった。

まあ、満足げならいいですよ、なんてな気分。

その後は、90年代からゼロ年代の名曲が並び、ときどき星野源「恋」やRADWIMPS前前前世」など、妙に当時既に古いと思えるチョイスの曲が挟まれる構成。

会社のカラオケに行くのは初めてだったが、「ああ、これが会社のカラオケなんだなあ」みたいな感じだった。

酔っ払いきった面々が熱唱する中、少し疲れた私はトイレへと向かい用を足した。

戻ってくると、上坂すみれの「POP TEAM EPIC」が熱唱されていた。

 

……は?

いや、わけがわからない。さっきまでの雰囲気はどこに行った? 

間奏に入り、佐藤は「いやー、ほんとクソアニメだわー」と得意顔で言った。まあ、ここから分かると思うが、佐藤はクソオタクであった。

いや、そんなことはどうでもいい。『ポプテピピック』である。え、なんで?

ちなみにこの時点で、最初は「1時間ぐらい」とか言っていたカラオケももう酔っぱらいの集団なのでそんなことは当然なくて、終電ないし朝までいようか、なんて感じになってしまっていた。え? マジで? これ、朝までやるの?

 

私が驚愕しているうちに、「POP TEAM EPIC」は終わった。

安堵していると、すぐにどうぶつビスケッツ×PPP「ようこそジャパリパークへ」が流れ始めた

「Welcome to ようこそジャパリパーク」じゃねえんだよ。こちとら今すぐにでもこの状況から「素敵な旅立ち」決めてえんだよ。もう「ドッタンバッタン大騒ぎ」はいらねえんだよ。

 

かくして私が混乱していると、先輩がデンモクを持った。

ああ、先輩なら、この状況をaikoとかJUDY AND MARYとかで立て直してくれるかもしれない!

そう期待していたのだが、先輩は先述のドラマ主題歌を入れた(2回目)。

 

かくしてデュエット2回目であった。

2回目ともなると、なんだか勝手が分かってくる。

できることなら分かりたくない勝手だったが仕方ない。

さて、「ようこそジャパリパークへ」が終わったあたりで、アニソンを熱唱していた1人が寝始めた。

もう夜も更けてきている。酒も飲んでいる。眠いのが道理だ。

 

おもむろにかかる、DRAGON ASH「Grateful Days」。

「これ入れたの誰?」「知らない」

なんでだよ。

そしておもむろに向けられるマイク。 

なんでだよ。

 

しかし困ったことに、この曲は知っていたので歌えてしまった。

俺は東京生まれHIPHOP育ち 悪そうな奴は大体友達

悪そうな奴と大体同じ裏道歩き見てきたこの街

日本語ヒップホップ史に残る、そしてそれ故バカにされがちなパンチラインである。まあ、実際面白いから仕方ない、

「うお~、ラップできるじゃん!」

なんでだよ。

 

と、まあ、「カオス」な状態であった。

ちなみに、先述のドラマ主題歌は3回目も入れられた。

「息合ってきたね」3回目やからな。

 

もはや疲労困憊でしかないのだが、それは他の面々も同じだったようで、次々と寝ていく参加者たち。しかし私はどうにも、元々アルコールに弱いから飲酒量が少なかったのと、いろいろ起こりすぎて脳が変に覚醒状態にあったせいで、まったく眠気がきていなかった。

そして、とはいえもうほかの人は寝ているのだから、静かに眠らせてあげればよいのに、眠らず数少ない生き残りとなってしまった佐藤くんはマイクを離さなくなってしまった。

ここから、恐怖の佐藤リサイタルが幕を開ける。

 

まず佐藤、水を得た魚のように、アニソンを入れまくる。

「俺、これでも会社のカラオケだから気を使ってたんだぜ」みたいな顔をして、なんだかハニカミながらデンモクを触る。

ああ、なんていい笑顔なんだ……。「POP TEAM EPIC」とか「ようこそジャパリパークへ」あんなに楽しそうに歌ってたくせに。

「お前も、この曲わかるだろ?w」

いっちょんわからん。

 

次々と入れられていくアニソン。

何故だ……何故眠気が来ない。これならば、寝たほうがマシではないか……

そう思いながらぼけーっとモニターを眺めていたら、足になにか熱を持った物体があたってきた。

うわ! と足を跳ね上げゆっくりとその正体を確認した。

寝ているうちにソファから転げ落ち、なおも懸命に寝返りを打とうとする先輩だった。

 

しかし、佐藤はそんな状況も目もくれず、気持ちよさそうにアニソンを歌った。

アイドルマスターのOP「READY!」を歌えば、こちとら貴様を殴る準備万端やぞ、という気分になった。

機動戦士ガンダム00のOP「儚くも永久のカナシ」を歌えば、これが人に夢と書いて儚いであるように夢だったら良いのにと願った。

超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』の主題歌「愛・覚えていますか」を歌えば、そもそも1時間だけって言っていたことを覚えていますか? と問いかけたくなった。

 

佐藤は、続いて創聖のアクエリオンを歌った。

一万年と二千年前から愛してる

八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった

一万年と二千年経っても愛してる

君を知ったその日から 僕の地獄に音楽は絶えない

いや、どう考えても地獄は今この瞬間だよ。音楽も絶えてくれねえよ。自己紹介かよ。

 

佐藤は続いて、交響詩エウレカセブンのOPであるFLOWの「Days」を入れた。

イントロで「ラップあるぞ、ラップ!」と言い、2番Bメロが終わったところで「ラップ!」と言いながらマイクを渡して来た。うるさい黙れ。

ちなみに、ラップは、やった。

 

――朝を迎え、我々は寝ている人々を起こした。

のそのそと起き上がる参加者たち。最悪の土曜日の始まり方である。

そして私たちは、それぞれ始発電車に乗り込んで帰宅の途についた。

 

この話の教訓は、酔った後のカラオケはロクなことにならない、ということだ。

忘年会といって、羽目を外しすぎることのないよう。

また、もう既に忘年会なんざ終わったよ、という人たちは、新年会においてもこのような悲劇を繰り返さぬよう。どうかご注意願いたい。

 

とはいえ、私もこのときの出来事を、そう恨んでいるわけではない。

このときの経験もって、書こうと思え、実際に完成した記事もある。長々しい感想を語りたくば、ブログでやれ、と。

だから、まったくの無意味ではなかったのだし。

 

さて、そんな佐藤くんだが、彼は今年、退職してしまった。

その後の行方は杳として知れない。

「ヤンキーになりたかった」は、佐藤くんのご活躍とご多幸を祈っている。

 

*1:無論、仮名である。

気づいたらAmazon Prime会員になっていたので、せっかくだからPrimeで見れる邦画を書く

Amazon Prime会員になると、様々な恩恵を受けられることは風のうわさで聞いていた。

なんでも、送料とか時間指定便が無料になるとか。

そして、Prime Videoが使えるようになるとか。

 

私には元々、Amazonで買い物をする習慣がなかった。

買いたいものもなかったし*1、宅配便が来るのもなんだか苦手で*2、利用する動機が薄かった。

しかし、通勤用のリュックサックを安価に購入して以降、徐々に使う機会が増えた。そしてあるとき、たぶんタップ間違いをして、気づいたらPrime会員になってしまった。

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間違えたなら、無料体験期間中に解約すればいい。それでも、どうせ年額3,900円だし、と思ってそのままにしていた。

そのうち、お急ぎ便や時間指定便が便利だなと思うに至り、以前よりむしろAmazonを使うようになった。

ただしそんな始まり方だからか、存分にその恩恵は受けつつも、なんだか自分がPrime会員であるという意識は薄く、Prime Videoなど他の特典を使っては来なかった。

 

転機は先日の、M-1グランプリの記事を書いたことだった。

ツイッターのフォロワーさんが、Prime VideoでM-1の映像を見ている、とつぶやいていた。

それを受けて、記事を書くにあたって、過去の映像も少し参照しようかと思い、いよいよPrime Videoのアプリをダンロードしたのだった。

 

NETFLIXAmazon Prime Video。

始めると湯水のように時間を使い、無限に余暇の時間が溶けていくと思っていた。

実際、始めたばかりの頃は、いろいろ見れるじゃないか! と、眺めていた。

しかし、それがかえって仇となった。

コンテンツが多すぎて、どうすればいいか途方に暮れてしまうのだ。

 

見たことがない作品を見ようにも、そもそも現在放映中の録画すら消化しきれない日々である。

これ以上増やすのか、と思うとどうにも気後れがして、再生ボタンを押せない。

するともう、いつ見るのをやめても問題ないしな、と言い訳できる、既に見たことがあるものしか再生できなくて、なんだか虚しい。

 

同じ作品をレンタルし続けてTSUTAYAやGEOに金を吸われるのも阿呆らしいし、むしろこれこそが正しい使い方のような気もする。しかし、新しく使い始めたはずなのに、新しい出会いを避けてしまっている、という矛盾した感覚もある。

最近は、内容をほとんど忘れてしまっている『STEINS;GATE』をテキトーに見ている。

ああ、俺だ。機関から送り込まれたエージェントの色仕掛けを受けているッ! ……ああ、分かっている……作戦実行に抜かりはない……エル・プサイ・コングルゥ……

始まりと終わりのプロローグ
 

 

あとはちょっと憂うつな感じがわりと続いていて、録りためた番組も再生できていない。これも、もしかしたら再生ボタン押せない問題に関連しているのかもしれない。

この話を知人にしたら、「それは鬱だよ」って即答された。まじかよ。

まあこれは「退職エントリー書きたい日記」の領分だ。今触れても仕方ない。

 

さて、私は洋画の知識が少ないわけだが、私でも知っているような、古典と呼ばれるような著名な作品は、版権の問題だろうか。あまり配信対象になっていない。

まあ、これは邦画も同様なのだが。

洋画も邦画も、タイトルは聞いたことがある、という近年の作品ばかりになっている。

 

そのほかの作品をみようにも、私の知識に基づき検索した結果からレコメンドされるばかりなので、なんとなく知っている作品か、最近追加されたばかりの作品ばかりが目につく。

実際、最近追加されたらしい『ミックス』のポスターの、新垣結衣瑛太の主張が少々うるさい。

ミックス。

ミックス。

 

 

もう年の瀬も近い。ぼんやりしていると、そのあいだに年が明けそうな具合である。

年末年始をどう過ごすことになるのかは人によるだろう。そりゃそうだ。

サービス業が増えている昨今、多くの方は冬休みですね! なんて言うと刺されそうで怖いけれど、まあ多くの方が冬休みを迎えると想定して話を進める。

 

NETFLIXの広告が話題になっていたが、これはまさしく真理である。

であるからして、こういう時期には「暇つぶしにおすすめ!」なんてものを紹介したり、されたりしておくと意外とはかどる*3

 

上述の内容からして不安感たっぷりかもしれないが、このままでは「暇なようで暇なじゃないようで、う~ん、どうにも憂鬱で、しんどいにゃ~」と書いただけの冗漫な記事となってしまうので、私の「おすすめ」を書いて締めたいと思う。

まあ、以前のこの記事と似たようなものだ。

 

ちなみに今回の対象は、2018/12/22時点で、Amazon Prime上で無料(基本料のみ)で見られる実写邦画とする。

書籍やアニメは他でもやるかもしれないが、今回はこれに絞る。洋画を含めないのは、上述の内容ゆえである。

こうしておけば、なんだか12月の記事っぽくなっていい感じオチがつく。

 

■葛城事件(2016)

葛城事件

葛城事件

 

 劇作家・演出家でもある赤堀雅秋が、自身の主宰する劇団で上演した作品を映画化したもの。

家族に対して高圧的に振る舞う男と、逆らえない妻。その子供の二人兄弟。家族は元よりバラバラで、その後の展開も胸がすくようなものじゃない。ひたすらに不快。特につらいのは、誰も悪くないというか、悪いんだけど、じゃあどこが悪かったという契機がなく、ただ「悪い」が積み重なっていて、どうしようもない、みたいな。だからカタルシスなんて無い。

けれど、笑えるのである。ブラックコメディ、トラジコメディなのである。「あまりにも」なシーンだとか、本人はたぶん必死だし悪気もないんだけどだからこそ異常みたいなシーンとか。まあ、見たらたぶん分かる。

 

舟を編む(2013)

舟を編む

舟を編む

 

『葛城事件』とは打って変わって分かりやすく楽しめるエンタメである。三浦しをんの同名の小説が原作なのだが、そのエッセンスを無理なくまとめ上げており、ストーリーにもメリハリがあって良い。

何より、松田龍平の、コミュニケーションができなさそう見せながら不快感を覚えさせないバランス感覚は見事だし、周りを巻き込み辞書作りという仕事を前進させていく姿もよくハマっている。だから私たちも、辞書作りに感情移入でき、映画を楽しめる。大仕事である。

あと、この映画を見ると宮崎あおいと同棲したくなる*4

 

バクマン。(2015)

バクマン。

バクマン。

 

わりと有名なジャンプ漫画の実写化。実写化作品への批判は多いが、これは比較的うまくいったんじゃないかと思う。

大根仁の魅力は、頭を空っぽにして見れることだ。そのぶんわ描写は全体的に、イメージ的で切っちゃになる。特にそれが露骨なのは女性の描き方なのだが、本作は原作にいた小豆以外の女性キャラを描かないという描き方をしている。これに賛否はあるだろうが、尺の都合もあるし、変に墓穴を掘らないし、大胆なる得策だったんじゃないかと個人的には考えている。

また、脇役のキャスティングも妙である。山田孝之の存在感は素晴らしいし、リリーフランキーはやはり上手い。サイコーの叔父がクドカンなのなんて、程よい胡散臭さで、ベリーグッドである。

 

 

記事も長くなってきたので、このくらいで。

この冬は『人のセックスを笑うな』あたりを見たいが、また有言不実行なんだろうな。あーあ。 

 

 

*1:書籍は実店舗で買いたかったし、それを除いてしまえば他にあまり欲しいものもなかった。

*2:インターホンの音、クソでけえし。

*3:その時間を使ってスキルアップ! なんて話もあるのだろうが、疲れるし、何かを集中してできる環境じゃないからこそ、「やることない」にゃ~ってなるのである。悲しい。

*4:いや、見なくても宮崎あおいとは同棲したいわ。阿呆か。

社畜クズ野郎は積読消化の夢を見ない

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』を第一作とする「青春ブタ野郎」シリーズのアニメが放送中だが、これがなかなかに面白い。

この作品について、いろいろと「よくできている」ポイントを列挙するのは簡単なのだが、個人的にとても気になるのは、作品の舞台が藤沢近辺であることだ。

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私は昔、あの近辺に住んでいたことがある。

正直、観光地化した都市である秋葉原がいくらアニメに映ろうと特に何とも思わないのだが、藤沢では少し驚いてしまう。

青春ブタ野郎」シリーズの著者である鴨志田一が脚本を担当したアニメ『Just Because!』でも舞台は藤沢~大船といった湘南地方が使われていた。

これで驚かされるのが、あくまで彼らの生活の場として描かれる以上、湘南といっても江ノ島とかではなく普通に市街地や藤沢駅なのである。つまり先述の秋葉原とはわけが違う。

地方出身の私は、馴染みのある場所が映るたびに、ソワソワする。

 

藤沢駅前OPAのTULLY'S COFFEEや駅前のVELOCE等。

いろいろと「懐かしいなあ」などと感じてしまう場所は多いのだが、もっともソワソワするのは藤沢駅北口ビックカメラの7,8階に入っているジュンク堂藤沢店である。

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読書は私の数少ない趣味の一つだ。

だから、ジュンク堂には電車に乗って足繁く通った。あの店のことはよく憶えている。

赤本コーナーの近くには漫画の棚が数列並び、ラノベ棚もあることとか、その反対側に文芸書や文庫本コーナーがあることとか、そういうことを今でも思い出し、諳んじることができる。我ながらキモい。

 

当時から、本を読むペースに対して買うペースが勝りがちな悪癖はあった。

1冊読み終えて2冊買う、みたいな。我ながら阿呆なことをしているなあ、とか思っていた。

それから数年経った今の私の悪癖は、当時よりずっと進行している。

 

いや、おそらく10月、11月と仕事が忙しかったのが悪い。

ならばこそ、こんなエントリーを書くことになったのだし。まあ、反省なんざこれっぽちもしていないが。

「退職エントリーを書きたい日記」の「その2」の投稿はもう少し先になりそうだが、まあそれは主眼でないのでどうでもいい。

問題は、私にはどうも、忙しくなると浪費が増える傾向があるらしい、ということだ。

 

仕事が忙しいと残業が増える。そうでなくとも忙しい、または忙しい気分だと、なんだか人と会ったりとかそういうことが後回しになってしまう。

すると、忙しい原因となっている出来事で人と会っているのに、なんか誰とも会っていなくて社会から疎外されているような気分がしてきてしまう。

そして、浪費をする=金銭を払う=市場に接することで「社会とつながっている」感じをインスタントに得ようとしてしまう――と、まあ、多分こんなセオリーだと思われる。

 

とは言い条、先述の通り、私の趣味は多くなく、よって浪費の対象も絞られる。

服も買わない――実際には買わないといけないのだが、まあそれは別の機会で追々書こう――し、酒も飲まない、タバコも吸わない。「ないない」尽くしのゆとり世代の文化系クソオタクは、けっきょく書籍に行き着いてしまった*1

そして買っても読む余裕がないから、ずっと積読ばかりが溜まっていく。どうせなら金が貯まればいいのに*2

 

散々、忙しいと書いてきたが、最近はむしろ仕事がなくて困っている。

それでも閑散期なわけではなく、仕事はあるはずなのに手を出せるものがないので、心ばかりが忙しくてたまらない。

まあ、それでも、時間的には余裕が少しだけ出てきた。

昨日は津村記久子『この世にたやすい仕事はない』(新潮文庫)を読み終えた。面白かった。

だから今日は3冊新しい本を買った。いや、おかしいだろ。馬鹿かよ。

これでは、転職に向けてスキルを培うぜ! なんてのも夢のまた夢である。

この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)

この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)

 

 

いっそ昔みたいに、藤沢近辺まで出かけてみるのはどうだろうか。

可も不可もないインドカレー屋で尋常でない量のナンを「おかわり」として問答無用で追加される、または家系ラーメンの店でまぜそばと炙りチャーシュー丼で腹を満たし、腹ごなしにコーヒーを飲みながら本を読むのだ。

しかし、それをするにもちょっと距離がありすぎる。

 

上述のOPA2階のTULLY'S COFFEEで内定辞退の書面を書いたのも、「青春ブタ野郎」シリーズの登場人物みたいに自分が高校生だったのも、それぞれずいぶん過去のように思える。

だのに、同じことを繰り返すどころか悪化させていて、なんなんだろう、と思う。

ブタ野郎だね! なんて声も、テレビの画面からしか聞こえない。

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どうしたもんかねえ、と独り言ちたくなるけれど、

寝る前、布団に潜ってからの読書は存外に捗って、それはそれで困る。

アントニオ・タブッキ『インド夜想曲』の冒頭に引かれた、モリス・ブランショの言葉を思い出す。

夜、熟睡しない人間は多かれ少なかれ罪を犯している。

彼らはなにをするのか。夜を現存させているのだ。

彼の言葉の主意には反するかもしれないが、私はきっと夜を現存させていれば、明日の朝が来ることを遅延させられると、どこかで願っているのだ。

この年齢の人間が持つにはあまりにもロマンチシズムがすぎる夢想である。

インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

 

 

遠い過去や遠い国。

そんなものに思いを馳せながら、今日もまた布団に潜ってちょっとだけ本を読むのだろう。

今日は何を読もうか。考えているときが一番楽しい。

 

兎角、そんなわけで、積読が溜まる一方だ、というだけの、実にくだらないお話。

このペースでは、一向に、終わらない。

社畜クズ野郎は積読消化の夢を見ない。

 

 

 

*1:そういえば、Amazonサコッシュを名乗る黒色のショルダーバッグを買った。

*2:投資にならない使い方ばかりで使うから浪費なんだよ。だから貯まらねえんだよ。