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ちはやふる「上の句」「下の句」感想: 須藤のDは大爆笑のD

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「結び」が公開されてしばらく経った今日このごろ、映画『ちはやふる』の「上の句」「下の句」をようやく観た。漫画もアニメも触れたことがなかったので、今回が初『ちはやふる』となった。

全体的な感想をまず先に言うと、それなりに楽しく観ることができた。

青春映画、スポーツ映画、エンターテインメント映画、そして広瀬すずのアイドル映画として超高水準だった。

ちょっととは言えない文量になる予感はするが、この映画についてちょっと記事を書いてみようと思う。

 

この作品のメインを問われれば、綾瀬千早(広瀬すず)たち瑞沢高校競技かるた部(以降、かるた部)部員のキャラクターそのものや成長、千早vs若宮詩暢しのぶ松岡茉優)、チームちはやふるの3人などになるだろう。

それらについて語れることはいくつもある。しかしここでは、そこから少し傍流になるが、作品を確かに彩ってくれたもののあまり言及されない人たちについて語りたい。

北央高校かるた部のみなさんである。

 

北央高校は東京都の中高一貫校の高等部だ。映画の前編開始時点では5年連続で全国大会出場を果たしており、都立高校である瑞沢高校のライバル校という立ち位置になる。

だから、人気作品であればあるほどそのライバル部員たちのキャラクターも立っていて当然なのだが、それにしても映画での彼らは凄まじかった。

北央高校の部員は数多く登場するが、映画中で名前があるのは2人だ。
(前編の東京都大会決勝で名前を呼ばれるレギュラーメンバーや千早が出稽古した際の対戦メンバーは除外している)

部長の須藤暁人(清水尋也)とその信奉者である木梨浩(坂口涼太郎)である。
ここからは、彼らの活躍を、シーン順に振り返っていこう。

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北央高校の面々が初めて登場するのは前編「上の句」の中盤。ゴールデンウィークに実施した合宿で、千早が須藤と対戦するシーンだ。
千早は最初のあいさつで須藤の顎に頭をぶつけてしまう。「すみません」と謝るが、須藤は千早に「ごめんなさいは?」と執拗に「ごめんなさい」を要求する。
このとき、隣では木梨と瑞沢高校の机くんこと駒野勉(矢本悠希)が同様に対戦前なのだが、木梨はいきなり割って入ってきて、聞いてもいないのに「須藤のSはドSのS!」と他己紹介する。この割って入って来るときの躍動感が素晴らしい。 

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少女漫画のドSキャラはそのSっぷりが誇張される傾向にあり、たいていのやつは頭がおかしいことになっているのだが、須藤も例外ではない。しかし、千早との対戦中に見せたヤバいドSっぷりの上を行くヤバさを隣で対戦していた木梨は見せてくれる。
試合終了後、完敗し呆然としている千早の顔を覗き込むようにし、
「須藤さん、彼女いるから。勘違いすんなよ」
いや、なにを以て勘違いすると思ったんだ……教えてくれ……。
そしてたびたびカメラに映り込むけれど、決してピントが合うことはない机くん。すべてが最高だった。

 

次の出番は都大会の決勝戦
全国常連の前評判は伊達じゃなく、くだんの机くんが激萎えモードで気が気でなく試合に集中できない瑞沢高校かるた部は、次々と札を取られていく。

すると須藤「ナメた真似しやがって」となんだか正論。あれ?  こいつ、ドSとか言いつつただの熱いやつなのでは?  という疑念がここで湧いてくる。ちなみにこれが、後編のある展開の伏線になっている。

試合の方は劣勢にあった瑞沢だが、途中から息を吹き返し、特に千早は猛然と札を取り始める。広瀬すず無敵映画の所以たるシーンのひとつだ。

西田優征(矢本悠馬)と千早が勝ち、机くんと大江奏(上白石萌音)負けの2-2。試合は、真島太一(野村周平)と木梨の運命戦*1までもつれ込む。今まで運命戦で自陣の札が読まれたことは一度もない太一は、読まれないなら――とばかりに相手陣の札を取りに行き、それが木梨のお手つきを誘い、太一の勝利そして瑞沢高校の全国大会出場が決定する。

この一戦で印象的なのは木梨の号泣である。たしかに、甲子園でエラーでサヨナラになった選手の泣きっぷりに相当するくらい泣く権利が彼にはある。しかし、前の須藤の腰ぎんちゃく的なお茶目っぷりしか知らないから、彼の泣きっぷりは正直ビビる。

ここで映画が初ちはやふるの私は、木梨が使い捨ての謎キャラでなく血の通った人間としてちゃんと描かれるキャラなのだな、と気づくことになるのだが、これ以降、特に彼の活躍するシーンがあるわけではない。頑張れ、木梨。

(木梨メインで触れたが、このシーンは瑞沢視点でも当然めちゃくちゃ名シーンであり最高のシークエンスだ。これについては、あとで触れる)

 

後編「下の句」に入り、千早は師匠の原田(國村隼)から現クイーンである若宮詩暢の話を聞く。詩暢もまた高校生であり、全国大会団体戦の翌日に行われるA級個人戦に出場するだろうから、同じくA級の千早は彼女と対戦できる可能性がある。

このことに気づいた千早は部活そっちのけで詩暢対策に熱中し、いろいろなところに出稽古に行く。その流れで北央高校にも顔を出す。練習試合。千早の最初の相手は須藤。

千早は5人を相手に試合をし、全敗。左利きの詩暢対策に熱を上げ過ぎた結果、彼女のかるたはガタガタに崩れていたのだ。そんな千早に対する、めっちゃ怖い目をしてわらわらと並ぶ北央高校男子部員のみなさま。 このシーン、ヤンキー映画やヤクザ映画のヤバげなシーンみたいでぶっちゃけかなり怖い。須藤の左後ろの坊主とかKA-TUNにいたJOKERさんこと田中聖に見えるしK.O.劇になりそう。

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須藤が怒る。「ヒョロ、あれ持ってこい!」。

この台詞に反応する木梨……え、お前、ヒョロってあだ名だったの!? と映画が初ちはやふるの私がここで知ることになる衝撃の事実*2

「あれはマズいですよ」といった反応と須藤のキャラをドSであるってことくらいしか知らないということから、え……これ、エロマンガだと特異な拷問器具とか変な薬とか出て来そうな展開じゃん、大丈夫かよ少女漫画……とか心配になったが、もちろんそんなことはなくて大丈夫じゃなかったのは私の頭だった。

持ってきたのは「全国大会対策資料」――歴代の先輩が、会場近隣のホテルの情報や読手どくしゅのクセ、各学校の特徴などをまとめ、つないできたファイルだった。

「自分だけでかるたしてると思うのはお前の自由だ。でもお前はこれからもずっと瑞沢かるた部だ。東京の代表が果たすべき責任は、お前らだけのもんじゃないってこと忘れるな」

え……須藤、やっぱりお前めっちゃ熱くていいやつじゃん……ドSキャラどうしたんだよ……。

ちなみにこのあと千早は、ファイルを受け取ると、走って太一の家まで行く。遠くの大会に出ていた太一は夜遅くまで帰ってこず、雨も降ってくる。それでも千早は太一の家の前で座り込んだまま傘もささずに彼を待つ。だから、あんなにも感動的に渡されたファイルはたぶん一度ここでびしょ濡れになっている。頑張れ、北央……。

 

このあと団体戦等があるが、北央高校は出てこないのですっとばして個人戦A級戦。

 瑞沢高校からA級戦に出場するのは千早、太一、西田の3人。このうち詩暢に敗れた西田を除いた2人は順当に勝ち上がり、とうとう千早は詩暢と当たる。

そして太一の対戦相手として目のまえに現われたのは――須藤だった。

いや、分かるよ。千早の対戦相手だけ映して太一のを映さないのは不自然だし、映すならそれまでに登場しているキャラじゃないと興ざめ感あるもんね。強豪校でメインを張っている須藤ならばA級戦にいても不思議じゃないし。

前のシーンで株を急上昇させたそんな須藤は、太一に対して、静かな声でこう言った。

「この世に言い残したことはないか?」

……は?  え、須藤さん、何イキってんすか?

もはやそのセリフに、ドS要素はなく、ただのイタイ人だった。なんか一人だけ闇のゲームを始めようとしている。たぶん近江まで来る電車の中が暇すぎて遊戯王とか見てたら影響を受けちゃったんだと思う。遊戯王に影響受ける高校生、可愛いかよ、と思ったけどやっぱりそんなことねえわ。ただのイタイ子だわ。

ちなみに、劇中の須藤のセリフはこのイキリセリフが最後。太一との対戦結果も明かされない。頑張れ、須藤……。

 

以上、前後編2シーンずつ計4シーンで笑いを提供してくれた北央高校のみなさんの紹介だった。北央、ファイト。

さて、このままでは『ちはやふる』を延々とディスって終わったみたいになってしまうので、最後に褒めて記事を締めたいと思う。

 

まず前編。これが完璧。

冒頭はキャラや競技かるたをコミカルかつテンポ良く紹介してくれる。これが小気味良い。特に西田の「モテ部」「エア・K!」は、このシークエンスをどのようなテンションで見れば良いか明示してくれるのでストレスがない。これがエンタメとしては非常にありがたい。

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前編は瑞沢高校かるた部の面々がチームになるまでの物語であり*3かつ凡人たる太一(と机くん)の物語でもある。

東京都大会で机くんは全然勝てない。不甲斐なさ故に彼は「いてもいなくても同じ」だとして帰ろうとする。千早の説得も暖簾に腕押しと言った中、彼を止まらせたのは太一の「俺だって才能なんかない。必死にやってる」という言葉だった。

試合が始まっても地蔵のように動かない机くんは、しかし千早が意図的に飛ばした「はなよりほかに しるひともなし」*4の札から、かるた部との思い出が脳裏をよぎる。そして登山のとき千早から伸ばされた手。これを機に机くんは地蔵モードをやめ、そして全員で札を取る。このシーンの気持ちよさったらたまらない。

 

だが、このシークエンスおよび前編の主人公はなんといっても太一である。運命戦までもつれ込んだ勝負で、太一は相手陣にある「からくれなゐに みずくくるとは」の札を取るべく素振りを始める。実は影響中盤で、太一は素振りをしない、と机くんから指摘を受けていた。彼がかるた部に役立つよう自主的に行った分析がここで活きてくるのがまず熱い。

また、「からくれなゐ」の上の句は「ちはやふる かみよもしらず たつたがわ」つまり「ちはや」の札でもある。だからこれは、何としても「ちはや」を取るというダブルミーニングになっている。

そもそも彼が運命戦で札を読まれないのは、過去の罪により神さまから見放されているからである、とされる。そしてその罪とは、小学生の頃に授業の一環で行われたかるた大会で綿谷新(真剣佑)という永世名人の孫で鬼強い天才に負けたくない、千早にカッコ悪いところを見せたくない一心で、新のメガネを隠してしまったことだとされる。つまり、彼が運命戦で負けることそれ自体が彼の凡人性(天才でない、才能がないこと)と分かち難く結びついている。

文章にするとこれだけ長くなる、この作中のあらゆる部分が、読手の「ち」の音が聞こえた瞬間に動き出した太一の手に集結し、その気迫がヒョロのお手付きを誘ったというのは、物語的にも作品の出来的にもすこぶる素晴らしく、感動的だ。前編が太一の「今の俺には"ちは"しか見えない」で終わるのはやはり完璧。

 

後編はどうしても前編ありきになる。単体で見るとやや冒頭が静かすぎる部分もある。今ならばストリーミングなりレンタルなりで見られるから、時間が確保できるときに間髪入れず見ることをオススメする。

前編が太一の物語だとすれば、後編は完全に千早の物語だ。

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前編の感想を長く書きすぎたのでここでは軽く触れるに止めるが、「繋がる」というテーマが、後編内で提示され、それが後編だけでなく前編も含めて回収される手さばきはやはり震えるものがあるし、これがあるからこそ、瑞沢高校かるた部は主人公格であり、かつ出番の少ない新も確かに主人公格たりえている。そしてその中心たる千早は完全に主人公なのだ。

あとはなんといっても松岡茉優が本当に良かった。詩暢の残酷なまでの強さ、それゆえの孤独、時々見せる残念さ。どの顔をとっても素晴らしかった。このあたりは、実際にご覧いただくのが手っ取り早い。

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以上が、後編にはほとんど触れていないが、前後編通じての感想だ。

あと、あえて触れずに来たが、広瀬すずは素晴らしかった。やや下を向いて眼球がめっちゃ動くシーンとかめっちゃ可愛かった。何を言っているか自分でも分からないし、言ってることは普通にキモいと思う。

吹奏楽部の演奏を聴きながらピョコピョコ動くシーンのあざとさったらすごいし、そんなんでありながら声が少しネチっと出るところ、これは男性の名前を呼ぶときに顕著で特に「太一」がヤバく*5、これが女性から嫌われがちらしい広瀬すずか、と思った。あざとい。

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兎角、先述したとおり、青春映画としてもエンタメ映画としても広瀬すずのアイドル映画としても文句ないので、これらに挙げたジャンルで何か見たい方にはオススメする。

また大々的な恋愛要素はないが、水面下でめっちゃ恋愛映画してると思うので、その辺が好きな人にも外れない映画だと思う。

スポーツ映画が好きな方にも、競技かるたは「畳の上の格闘技」と呼ばれるほど熱い競技であり、この映画はその点でもオススメできる。

 

ただ、「畳の上の格闘技」って、それ、柔道がまさにそれすぎて、あまり適切な別名じゃないんじゃないですかね……。

 

 

 

*1:互いに自陣にある札が一枚であり、どちらが先に読まれるかによって勝敗が決定する局面になった場合のことを言う。

*2:ここまであえて木梨と表記してきたが、彼に言及する際ほとんどの人はヒョロと呼んでいるようだ

*3:先述した通り、これには後編で千早の詩暢対策への熱中という形で揺さぶりがかけられる。

*4:「もろともに あはれとぞ思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」前大僧正行尊。「一緒に愛しいと思ってくれ、山桜よ。この山奥では桜の花以外に知り合いもおらずただ独りなのだから」という寂しさの歌とされるが、劇中では、あなたがいるから強くなれるという絆の歌と読み替えられる。

*5:これは、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』のなづなの演技における「典道くん」でも確認できる。