ヤンキーになりたかった

食う寝る遊ぶエビデイ

退職エントリーを書きたい日記【その2】: ぼんやりとした悲しさについて

当たり前のように日中の最高気温が25℃を超えるようになり、いよいよ夏到来の予感を無視できなくなってきた。

それはつまり、以前もブログで取り上げた元同僚の女性が会社を辞めてから、そろそろ1年が経とうとしているということを意味している。

 

今年のはじめ頃、彼女も交えて飲む機会があった。

彼女はとても元気になっていて、転職した先での仕事も充実しているようだった。

誠に結構なことだった。

 

だから、退職した彼女の話は、もう「終わった話」のはずなのだ。

だって、もう現在進行形で「不当」な「扱い」をされ、現在進行系で苦しむ彼女はいないのだから。

それなのに私は、いまでもしばしば彼女のことを思い出し、ナーバスな気持ちになっている。

f:id:ifyankee:20190306234612j:plain

 

私がナーバスな気持ちになるのは、主に二つの理由からだ。

一つは、それでもその「扱い」が実際になされたという事実に変わりはないから。

そしてもう一つは、その思い出すという行為が、彼女の道具的利用にほかならないからだ。

 

私はきっと、いかるために彼女を利用している。

彼女についての会話が行われた瞬間を思い出す――つまり怒りを現存させるために、彼女を出汁にしているのだ。

そのことが、その都度、自己嫌悪を引き起こす。お前はいったい何様なのか、と。

 

お前はいったい何様なのか。そんなお前に、怒る資格などあるのか。

そんなことを考える。そのたびにブルーにこんがらがってしまう。

けれど、それでも、私は、腹立たしいなあ、と思うことをやめられないでいる。

 

そのような「腹立たしい」ことは、なにも上述の「彼女」にのみ降りかかるものではない。

例えば、女性社員に「デブ」なんて話しかけるような、そんな感じの――。

あるいは、「そう言ってもさ、あいつ、ブスじゃん」と女性社員の陰口を叩き、プライドを甘く慰撫するような、そんな感じの――。

そういう言説に触れるたびに、ひどくうんざりしてしまう。

そしてそれこそが、私が転職したいな、と思う――つまり、この会社に居たくない、と思う理由の一つである。

f:id:ifyankee:20190218015428j:plain

 

そんなものはどこにでもあるよ――と言われるようなことなのかもしれない。

実際、とある別の女性社員に「デブ」と呼びかける社員がいるのはどうかと思う、という話をしたところ、「そんなのはどこにでもあるんだよ」なんて言われてしまった。

だけれど、そんなのはやっぱり変だよな、と思う。

 

「前職はひどかった」なんて、知り合いがツイートしているのを見かけた。

曰く、そこでは「嫌な言葉」が日常的に飛び交っていた、と。

そしてその話はこう結ばれるのだ。「いまの職場はそうじゃない(から良い)」みたいな。

その人のツイートを信じないわけじゃない。

しかし、そんなものの存在を、あまり期待しきれないのも確かである。

なぜならば、期待はすなわち失望への出発点だからである。

 

だから、そんなものはやはりないんだろう、と考えてしまう。

「UFOの軌道に乗って あなたと逃避行 夜空の果てまで向かおう」

志村正彦はそう歌ったが、宇宙が膨張を続ける以上そんなものがないみたいに。

f:id:ifyankee:20190306233513j:plain

 

これはひどく抽象的な問題だ。

これを例えば、転職エージェントに言ったところで、困ったような顔を浮かべられ、そしてもっと具体的な「条件面」を問われることだろう。

年収とか、スキルセットとか、勤務地とか、そういう「募集要項」の項目と対応するようなものを。

 

それらについて、ある程度のことを話すのは簡単だ。

現在の年収を述べ、そこから少し上乗せした額を「希望年収」とする。

スキルセットには、以前やった仕事から抽出してまとめればいい。

勤務地は、東京のままでいい。都区内ならば通勤に大して苦労はしなかろう。

そういうことだけを言っていればいい。

 

けれど、やっぱりあの言葉は嫌だなあ、と思うし、こんなところは嫌だな、とも思う。

その気持ちが消えてくれるわけじゃない。

これこそが、私が「ここはいやだなあ」と思ってしまう、わりと大きな理由なのだ。

 

それに、他の理由だって、まあまあ抽象的なものだ。

広告が絶望的にダサいのが嫌だ、とか。

開発しろって決定事項として降りてきた製品のコンセプトが気持ち悪かった、とか。

いつもダサいことばかり企画する人がいてとても嫌い、とか。

まあ、いろいろとある。

あとは、あまり会社とは関係ない、もっと個人的な気持ちもあるのだが、まあこれはまた改めて書こう。

f:id:ifyankee:20190306234718j:plain


転職の動機になりそうな、もっと年収の高いところの行きたい、とかはあまり思わない。

勤務先の給料が高いわけではない。

ただ、就活の頃に就職四季報で平均年収を熱心に見ていた知人との、その項目に対する熱量の差などを鑑みると、私が収入やお金に比較的無頓着なだけなのだろう。

 

キャリアアップだとか収入増に有効だ、と散々言われたところで、動き出せるわけじゃない。

事実、このご時勢にあって、私は英語の勉強にまるで身が入らない。

ただ危機感を募らせ、摩耗していくのみである。どこか報酬系みたいなのがバグっているのかもしれない。

 

このぼんやりとした、「いやな気持ち」を引きずって、また私は会社に行く。

「書きたい日記」のナンバリングは大きくなり、しかし転職サイトなどには登録していない。

上述の気持ちを、どう具体的な「希望」へと落とし込むべきなのか、いまだにわからないままである。

 

最近の私は、だから、いつもぼんやりと悲しい。

f:id:ifyankee:20190306014343j:plain