ヤンキーになりたかった

食う寝る遊ぶエビデイ

自己啓発書でも読んだほうがいいのか?

半期に一度、上司との面談がある。

前回の面談で、「今後、どんな風になりたい? 来年とか、自分がどんなビジネスをやっていたいか、どんなことに取り組みたいか、どうなっていたいか、想像してみて」と、Imagineを歌うジョン・レノンよろしく想像を促された。

正直、「好きな人のかれぴっぴになりたい」という回答が真っ先に思い浮かんだが、そういうことが期待されているのじゃないとさすがに分かっているので、「ちょっと思いつかないですね、すみません」と返した。

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上記のエピソードが雄弁に物語っているように、私にはあまりビジネスだとかそういうものへの熱意がない。働き始めてもう数年が経ち、もう「いい年」になっているにもかかわらず、だ。

「仕事・ビジネス」というカテゴリーを設定しているが、いつも本当にくだらないことばかりを書いている。カラオケの話とか。正直これを読んだところで、キャリア形成やスキルアップには何の役にも立たないだろう。書く方にしたって、そうだ。

 

そもそも私はビジネスという言葉が嫌いだ。

あまりにもその意味がころころ変わるからだ。

しかし、このふわふわした言葉を皆よく使う。

 

ビジネスにつながる、と言うとき、

・1つの案件として受注できるというレベルなのか、

・部署を新設して取り組むべき事業というレベルなのか、

・1つの案件を足がかりに「得意先」になってもらえそうというレベルなのか、

それがいまいちよくわからない。

 

そんなものは文脈依存なんだからよく話を聞いていれば分かるだろ、と言われて終わることなのかもしれない。しかし、まあぶっちゃけ、面倒くさい。

だから私の中で、「ビジネス」という言葉は、なんか使っておくと雰囲気が出るぐらいの立ち位置になっている。その意味ではブロックチェーンとかAIとかと近い。

実際、「ビジネス」と口にするとき、ちょっとだけ気持ちが良い。

なんか、いっぱしの資本家になった気分がする。

でも、やっぱりあまり好きじゃない。

ラリー・ペイジジェフ・ベゾスのことはよく分からないし、今日もECサイトでポチポチするのが楽しい。

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好きじゃない言葉なのは確かだけれど、私がビジネスへの熱意に欠ける理由はそれだけではない。

それには私の受験のときのアレコレとそれに付随して生じてしまい、今も巣食っている苦手意識が関係していると睨んでいる。しかし、その話は長くなるのでここでは書かない。

これもまたきっと「書きたい日記」の領分だ。

 

私は「ビジネス」ってやつがあまり好きじゃないが、世のトレンドはそうじゃないらしい。

一つのSNSというサンプルとして扱うには偏った集団を観測した限りでは、起業して「デカいことするぜ!」みたいな人が溢れている。

何かにつけて「学びがあった!」とか「刺激があった!」とか大仰な言葉を使う様は、あまり私の趣味には合わないな、と思うが、そういう嬉しそうな反応を示すやつが人として付き合うにあたって好印象を受けやすいのはまあ間違いなかろう。

 

ZOZOの前澤友作氏が、「お年玉」として100人に対して100万円ずつ現金で渡す、という総額1億円プレゼントを行う旨のツイートをした。

応募方法は、前澤氏のツイッターアカウントをフォローし、キャンペーン告知のツイートをリツイートするだけというよくあるもの。

しかし、そのプレゼントの大きさや彼の知名度も相まり、リツイート数は世界記録を更新するに至ったという。

 

これに対し、「さすが! 面白い!」と反応したのも、上述の「学びがある!」と言うタイプの人たちだった。

中には――どれぐらいの割合で詐欺があるのか想像もしたくないが――、「前澤さんに乗っかることにしました! ぼくもXX名の方にYY円を現金でプレゼントします!」というツイートがあった。

まあ、前澤氏自体に罪はないだろうが、そういったツイートが溢れかえっている様はなかなかに地獄絵図だった。

 

そんな中に、金ではなく本をプレゼントするというものがあった。

その企画は「めざましテレビ」にも取り上げられた。そのシーンを抜き出した動画によると、企画者は24歳の男性らしい。

自身が昨年読んだ中でオススメの本をプレゼントするとのこと。書籍をズラッと並べた画像が誇らしげに掲げられていた。

 

ラインナップを見ると、

君たちはどう生きるか』(作画・羽賀翔一、原作・吉野源三郎

『バカと付き合うな』(堀江貴文西野亮廣

『日本再興戦略』(落合陽一)

など、よく書店に平積みされていた、いわゆる「ベストセラー」ばかりだった。

 

彼の並べた書籍は、しかし、ありきたりであるが故に、トレンドをしっかり押さえたものになっていた。つまり、こういうのを読み、そしてこういうのを紹介すればいいんだな、という視点で見ればそれこそ「学びがある」ような。

私も過去に、ゴールデンウィークにオススメ! と称して書籍を何冊か紹介したことがある。そこでは、小説、漫画、エッセイを並べていた。

しかし最近、さまざまなブログを見て思うのは、みんな紹介するのも結局、ビジネス書またはライフハック自己啓発本なんだな、ということだ。

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私も、そういった類の本を読んだほうが良いのだろうか?

タイトルや出版社で敬遠していた、それらの本を。

私の中の、ミーハーな部分が囃し立てる。

 

それらを読めば、私も少しはビジネスに興味が湧くだろうか。

あるいは、何か社会を変革したいという熱意が湧くだろうか。

研修の休憩時間に、デール・カーネギーの本を読んでいた彼――研修は真面目に受けましょう、みなさん弛んでいます! と、朝礼でリーダーシップを発揮して同期全員に発破をかけた直後に爆睡していた彼のように?

 

前澤氏の1億円バラマキキャンペーンは、対象者にDMが送られた、という。

100万円を使って何がしたい、というビジョンが明確な人が対象となったらしいが、これはまあ、大方の予想通りだろう。その意味では、前澤氏はかなり明確なヒントを出していたことになる。

投資と呼ぶには100万円はみみっちい気もするけれど、じゃあ10人に1000万円と言われても当選する気がしないし、もっとバラマキに徹して1000人に10万円と言われても、いまいちテンションが上がらない。それ以外だと見栄えが悪い。そう考えると、なるほどたしかに100万円を100人に、というのはちょうどよい。

 

私もカーネギーの本を読めば、その「ちょうどよい」感覚を身につけられるのだろうか。

前澤氏に興味を持ってもらえるようなビジョンを描ける人間になれるだろうか。

「好きな人のすきぴになりたい」とかいう、おちゃらけたものじゃないような。

 

自分の本棚を眺め、そこに自己啓発書やビジネス書が並んでいるさまを想像してみる。

本棚から、「アツい学び」が零れ落ちそうになる瞬間を夢見てみる。

やっぱりそれは、非現実的に思えてならない。今までに縁がなさすぎたのだ。

 

『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』、『the four GAFA』、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』……。

よく車内広告とか書店で平積みされているのとかで見かけるタイトルを思い浮かべながら歩いてみる。

何かが音と立てて足にぶつかった。捨てられないままのAmazonの空ダンボールだった。

ふと部屋を見回すと、もらったものの手をつけていないお菓子や着けなくなったネクタイ、空になったペットボトルが転がっていた。

私がまっさきに読むべきは、コンマリ本なのかもしれない*1

 

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法

 
毎日がときめく片づけの魔法

毎日がときめく片づけの魔法

 
人生がときめく魔法の片づけノート

人生がときめく魔法の片づけノート

 

 

画像は全て、unslashから 

 

*1:だがコンマリ本の哲学ではきっと、本棚こそ真っ先に「断捨離」されるべき対象だろうから、悩ましい。