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『センセイ君主』の予告が飛ばしすぎてる

映画の予告編は面白い。時にこれを世紀の発見であるかのように誇らしげに喧伝する人が居るが、映画の予告編はわざわざ発見されるまでもなく面白いのである。

何故ならば、まず観客の興味を惹くために面白い見せ場のシーンだけを流すからである。面白さのコンデンスミルク。本編の良いところをすべて予告で出し切っていようと、本編を観に劇場に足を運ばせた時点で鑑賞料はもう懐にあるわけだ。憎いね、この。

 

予告が面白いと言うことは、当たり前のことを確認することに他ならない。

または、時にコミカルなシーンじゃないはずなのにちょっと笑えてしまうシーンが含まれていたときにそれを揶揄して言うに過ぎない*1

しかし最近、とある映画の予告編でたいそう度肝を抜かれた。これはシーンを面白シーン詰め合わせ的予告の域を出ているし、ちゃんと掛け値なしに面白いと言えるものだった。それがこれである。



幸田もも子センセイ君主』を、『君の膵臓をたべたい』『となりの怪物くん』の月川翔が監督した、まあよくある少女マンガ実写化作品である。というか月川翔ってなんだよ、ホストかよ。

そして今作の"イケメン"である弘光先生を演じるのは国民の彼氏を自称する竹内涼真。盤石の布陣すぎて怖い。

 

そんな『センセイ君主』の予告の凄さを説明する前に、少女マンガ原作映画の予告にありがちなことを挙げよう。

まずメインヒロインの女の子に彼氏ができる場面から始まる。多くはどこか性格に難がある*2。しかしなんだかんだ付き合っているうちに、距離が縮まってくる。

予告が半分すぎたあたりで一瞬静かになり、良い感じのミディアムバラードが流れはじめる。

迎える危機。そして静かなカット。

タイトルが読まれる*3

 

そういうタイプの予告は、主にメインヒロインとイケメンの人物像を提示し、二人の関係がどう変化していくのかを映すわけで、それはたしかに映画の情報を周知するものになりえているかもしれないが、長々とした物語の説明にすぎない。

 

改めて『センセイ君主』の予告を観ていく。

全体を通して、主題歌であるTWICEの「I WANT YOU BACK」を流しながらコミカルなシーンを繋げて見せていく構成になっている。そこに涙を誘うフックとなりそうなものの香りはしない。この「軽さ」は、主題歌のボリュームが大きくなって以降特に高まり、矢本悠馬川栄李奈が「ふーたりさくらんぼー」と歌い、それに浜辺美波が「いーやー」とリアクションする場面でその頂点を迎える。

しかし、この物語の説明を放棄したような予告が、実はものすごく巧みなのである。

 

竹内涼真がピアノを弾きながらジャケットを少し脱ぐシーン、これはもう冒頭から色気たっぷり。ね、この竹内涼真がイケメンなんっしょ。わかるわかる。んでお相手は? ってなタイミングで現れる浜辺美波。やたらクルクル回るなこいつ、と思っているタイミングで教壇に立つ竹内涼真

キャー! 今回の竹内涼真は先生なのね! そして先生と生徒の禁断の恋! ――とこの11秒でまずどの立場の二人が恋愛する映画なのかが分かる。

直後、ヒロインのやや怖い顔と音楽の変調から、この浮かれた恋*4が一筋縄ではいかないこと、どうやらこのヒロインにも少女マンガの恋愛における大きな問題が潜んでいそうなことが分かる。

 

直後、浜辺美波演じるヒロインの佐丸あゆはが、彼氏いない歴=年齢で、恋に恋する16歳であることが一瞬だけテロップで示されるが、それよりも特徴的なのは彼女の多弁さだ。その多弁さは、ゴシック体の過剰なテロップにより強調される。

「ドキドキときめいたりするのって二次元だけの話!?」

これに対し、川栄李奈演じる中村葵は「ばーろー」「ガチ恋したら胸ボンババぼんだっつーの」と応じる。このワンカットから、たぶん葵はあゆはの恋愛相談にアドバイスを返して物語を動かす狂言回し的な「いいやつ」なんだろうなということが分かる。

「だーよねっ」と振り返りざまに言うあゆは。あ、絶対にこいつアホだ。

 

あゆはがアホであると察された直後に出て来る竹内涼真演じる弘光由貴。こちらのテロップは情報量が少なく、また表示時間も長く読みやすい「数学教師 頭脳明晰」

そんな弘光先生が「運命の人」であると思ったあゆは。先の「二次元だけ」のフレーズも相まって、恋に恋するタイプであることが、テロップを見落としていてもここで分かる。

イメトレをしながら走るシーンや多弁さから、アホさに加えて猪突猛進さも備えておりまた危なっかしいことも分かる。その証拠に彼女は赤信号に突っ込んで自動車に轢かれかけている。それを弘光先生がバッグを掴んで止めてあゆはは九死に一生を得るのだが、その際の「ゔっあぶねっ」という野太い声は、やはり彼女が少女マンガの恋愛においてかなり恋愛偏差値の低いキャラであることを雄弁に主張する。

 

道路に飛び出しかけたあゆはを止めた弘光は、「危ないだろ」などと怒鳴るのではなく冷静に「赤は『止まれ』って教わらなかったですか?」と丁寧語で、問いかける形で言う。

ここでは、超ドSな俺様系イケメンのように横暴ではなく、またあゆはのことをパッと止められるように周りが見えており冷静である弘光の性格が表現されている。

そして、猪突猛進/冷静、アホ/頭脳明晰、教師=教える側/生徒=教えられる側という複数の二項対立がこのイケメンとヒロインの間には存在していることがここで分かる*5。ちなみにここまで41秒である。

 

つまり、「物語の説明を放棄」と言ったが、むしろこの予告は、分かりやすいナレーションこそ入らないが、ちゃんと物語を説明していたのだ。

ブコメの物語の説明に必要な要素は、男と女の性格、二人の立場、出会い方、そして最初の関係性である。

これらは上述したように、すべてナレーションなどの過剰な説明を挟むことなく極めてコンパクトに、そしてそれゆえに非常にテンポよく語られていた。

これは、私がこの予告を高く評価したポイントその1である。

 

続きを見ていこう。

弘光の「赤は『止まれ』」のセリフを受け、「甘いですよ、先生!」とあゆはは応える。

そしてラジカセのボタンを押すのに合わせてBGMのボリュームが上がる。

「好きが踊ると、恋が始まる」

続けて出て来るのは、弘光先生と肉体的に接近し、それこそ胸が「ボンババぼん」しそうなシーンを短めにいくつも映し込み、「俺を落としてみなよ」とぶっこむ。

え!? マジっすか!? そんなこと言っちゃうんすか、マジで!?

と、国民の彼氏まさかの爆弾発言にビックリしている間に、カーステのつまみが捻られ、またもBGMのボリュームが上がる。

ここから予告はキャスト紹介になるが、そのあとは、くだんの「ふーたりさくらんぼー」につながっている。

 

BGMのボリュームが上がって以降は、この映画がどんな雰囲気の映画かをアピールすることにより注力した構成となっている。

もちろん、こういう映画に大事な、イケメン役たる竹内涼真にキュンときそうなシーンのチラ見せは欠かさないが、それよりも特徴的なのは、BGMと全体を覆う「軽さ」だろう。

先述したが、中村葵の「この恋愛バンビちゃんがー」以降にその傾向はピークを迎える。それはもはや露悪的とすら言ってもいいくらいだ。「ふーたりさくらんぼー」の後にあゆはは耳を塞ぎながら「いーやー」と叫んでおり、それが何やら聞きたくない、耳が痛いことであることは分かるが、どうしてなのかがぶっちゃけ分からない。

 

しかし、そのことはこの予告編の良さを貶めるものではない。

その前にまずBGMの話をするが、「I WANT YOU BACK」は言うまでもなくジャクソン5のカバー*6であり、R&Bルーツの曲らしくリズムに乗りやすい曲となっている。だからこそ予告編の「軽さ」が強調されるわけだが、より大事なのはアーティストだ。

TWICEは韓国発の女性アイドルグループだが、このファン層がガチで若くて女性に偏っている。

 上に引用した記事ではLINEアンケートが行った好きな女性アイドルグループ調査の統計データが紹介されているが、ファンの内女性は66%で、年齢層で言えば10代が34%、20代が27%である、という。

 

有名曲のカバーなので巧妙に隠されているが、この予告は全編そのTWICEの曲がかかっているのである。これは西野カナが冒頭からかかる『となりの怪物くん』の予告より本来ならば人を選びそうな事態である。



そう。人を選ぶのだ。これはきっとその後の、あゆはの猪突猛進すぎるノリもそうだし、全体的に「軽い」感じもそうだろう。

センセイ君主』の予告が全体的にその雰囲気で伝えるのは次のようなことだ。

これはエンタメに振り切っています、こういうテンションです、主題歌はTWICEでこんなノリのシーンが出て来ます、この感じがハマる人はどうぞお越しください。

 

そのようにして、この予告は、これでもかとターゲットを絞りにきている。きっと10代女子に。

予告があくまで映画館やYouTubeで見れる広告である、と考えればむしろこれは正解の手法なのである。全方向を向いて、ぼんやりとした広告を打つよりよほど良い。

この振り切り具合が、私がこの予告を高く評価したポイント2である。

 

多くの予告編では、ここまでテンションを伝えようとはしていないし、またここまで振り切ってはいない。こと少女マンガ原作の実写映画においては、「伝説の少女マンガ」のようなテロップやナレーションを入れることによって、あとはどういうものか分かるでしょ、と観客の予備知識に丸投げしている部分でもある。

これをちゃんとこれだけやった、という「ポイント2」の方に、私はむしろ驚いた。

これがあるから「ニッポンの恋を明るくします」というキャッチコピーに説得力が出る。

 

さて、「きっと10代女子に」と上述したのは何も当てずっぽうではない。

それは統計データが示すTWICEのファン層にもよるが、以下の記事も参考にできる。

こちらでは、明確に「10代女性」がメインターゲットになりうる旨のことが書かれている。

つまり、主題歌担当アーティスト*7のファン層やノリ、学園もので先生との恋愛という設定から10代女子向けと言ったが、そこにはそうであってもおかしくない背景がある、ということである。

実際、『センセイ君主』は特異にも、通常の映画が土曜日または最近は金曜日と週末に合わせて封切を迎えるのに対し、週の中日である8/1(水)が公開日となっている。

これは、もう夏休みに入っている学生を狙いにいっていると邪推しても、そう相違ないのではないかと思えてしまう*8

 

今回は、情報の詰め込み方が上手く、またテンションを伝え、ターゲッティングを行えていた(ように思えた)という2点において素晴らしい『センセイ君主』の予告を紹介した。正直、もうほとんど満点なんじゃないか、と思う。

つい先ほども書いたが、『センセイ君主』は8/1(水)に東宝系ほかで公開される。

陸王』『過保護のカホコ』などの竹内涼真、『君の膵臓をたべたい』『崖っぷちホテル』などの浜辺美波という旬の2人をダブル主演に迎えた一作。

この夏、観たい映画の一本に加えてみてはいかがだろうか?

 

 

 ……あ、私ですか?

見に行かないですよ、TWICE、全然分かんないですもん。

 

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*1:OVER DRIVE』の「ビビった瞬間負けなんだよぉ」とか。

*2:そしてたいてい俺様系で超ドS。

*3:メインヒロイン単独の場合もあれば、イケメンと声を合わせるときもある。またワーナー系は、それいつも同じ女性の声。

*4:この推測は無論BGMから成り立つ。

*5:先述した弘光の「赤は~」のセリフはテロップが出ない。これもあゆはとの対比になっている。

*6:当時の邦題は「帰ってほしいの」。

*7:アーティストが、新曲は○○のタイアップだと紹介するとき、アーティストもまた広告となる。

*8:ファーストデイ料金は、高校生料金より高いのでおそらくあまり関係ない。