ヤンキーになりたかった

食う寝る遊ぶエビデイ

うんこを流せ

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※今から食事をする人(特にカレー)の閲覧は推奨しない。

 

「後工程はお客様である」 

これは、新入社員が研修で耳に胼胝たこができるほど聞かされる事柄の筆頭であろう。「後工程」とグーグル検索にかけてみるだけで、上記の標語に類するサイトがいくつもヒットする。だからここでは、その意味は説明しない。

兎角そのフレーズは、研修において幾度も繰り返される。これができてこそ一人前の社会人である、と。先輩はみなこれを意識して仕事をしている、と。

 

私の所属している会社*1では、新入社員研修は本社と別の場所で行う慣習となっている。狭い本社の数少ない会議室を、研修で長く占拠するわけにもいかないからだ。

裏を返せば、本社オフィスにいる人たちは研修において「先輩」と名指されていた、一人前の社会人になれたとして研修から実務に送り出された人たちばかりのはずだ。だから先のフレーズは骨身にしみていなければならない。

 

他人のことを慮れて、後先のことまで考えそして見通して仕事ができる人材。結構なことだ。素晴らしい。もう人財と書いてもいい。

だったらね、じゃあねーー、

うんこ流せよ、と。

 

仕事中にお腹が痛くなることは当然ある。腹痛に耐えつつ早歩きでトイレに向かい、そして空いていた個室を発見し、これ幸運と飛び込み、後ろを向いてドアを閉める。続けて鍵を閉め便器と相対する。

本来ならここで便器との距離を詰め、便器に背を向けパンツを下ろして腰掛ける。これでよいはずだ。

しかし、そんな私を嘲笑うかの如く便器に鎮座するうんこ。

 

自分から流さない限りは居座り続けるうんこ。

立ち尽くす私。

ぎゅるぎゅると唸りを上げる内臓。

完全なる地獄。

 

「後工程はお客様」じゃねえのかよ。

お前の後にこの個室に入った私はお前のうんこ見せつけられてんだよ。お前は往訪先でうんこ見せつけるのかよ。

「今から私が見事な一本グソをしてみますので、うまくいった暁には是非この契約書に判子を押してくださいませ!」とでも言うのかよ、馬鹿かよ。

 

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いや、たしかに研修で習ったからといってそれが実践できて然るべきであるとするのは高望みが過ぎるだろう。私もできていない方が多いに違いない。だから上述の内容については、目くじらを立て過ぎではないかと思われるかもしれない。

しかし考えてみてほしい。これはうんこの話である。

会社での出来事だから一種の標語になぞらえて書いてきたが、所詮これは「トイレを使ったら水を流しなさい」というだけの話なのである。

"ビジネスパーソン"は大人なんじゃないの?  なんなの?  幼稚園中退なの?

 

これが過去に一度だけあったことをネチネチと言っているならばまだしも、いままでにうんことの遭遇は何度かあったから困ったものだ。

 

奴ら「待ってました!ぼくだよ!」と言わんばかりの顔して待ち構えていやがる。

いやいや、うんこの顔ってなんだよ。殺すぞ。そもそも腸壁細胞の死骸とか細菌類の死骸の塊*2なんだから殺す前から死んでるじゃねえか、爆ぜろ。

あ、爆ぜないでください。お願いします。

 

黙っていても奴は居座り続けるだけなので、仕方なしに水を流す。

この作業自体はすぐに終わる。

しかしこのときの心、完全に虚無。あまりにも空しいからパフェのこと考えてる。

 

一仕事*3を終えて自席に戻ると、なんだか席の周りが盛り上がっていた。前の飲み会で醜態をさらした先輩がそのときの様をいじられているようだった。

先輩は謝罪の言葉は並べているが笑いを隠す気もなく、また次回もやらかしそうな雰囲気である。

先輩がわざわざ私のところにやってきて、「このあいだのことは水に流して」なんて言った。

この水だけは流したくなかったが、考えるより先に「そうですね、また行きましょう」と口が動いてしまっていた。

これを流したと取るか流されたと取るかは議論の余地がありそうだが、私が身につけるべきは、うんこを流さない図太さなのかもしれない。

 

*1:ブログ内で会社の看板を背負う気もないので、今後もわざわざ弊社などとは書かない

*2:うんこはその60%を水分が占める。また腸内細胞の死骸が15〜20%、細菌類の死骸が10〜15%を占め、食べ物の残滓は全体の5%程度に過ぎない。ソースはWikipedia

*3:排泄