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感動方程式に俺の数学観が激震を受けた話

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桜の花も舞い散り始め、去る1日はSNSや企業公式サイトに嘘が大量に流れた。4月である。

2日(月)は多くの企業で入社式が行われたことだろう。私も駅や道で新入社員と思しき人を多く見かけた。まあ、そういう季節だ。

 

せっかくの機会なので、今回は私が受けた新入社員研修の思い出話をしよう。

ある日聞いた、感動方程式なるものの話だ。

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※上図はラプラス方程式電荷の存在しない点において、電位Vは上図の方程式を満たす。さっぱりわからない*1

 

その研修は、入社して半月が経ったころに行われた。

それまでは講師を社内の人が担当していた。人事の教育担当者にはじまり、社内システムの使い方を指南する情報システム部の人、仕事内容とかさまざまな「リアル」を話すという名目でやって来た実際に新入社員が配属されることになる部署の先輩等々。

しかしその研修は、コンサル企業から招いた方が講師を担当されるということだった。仮にその方を田中さんと呼ぼう。

 

はじめに田中さんの自己紹介があった。

田中さんは日系企業に勤めたのちにとある外資系企業に行き、そして3社目である今の会社に入った――あるいは「ジョインした」と言ったかもしれない――ということだった。いずれも名だたる大企業だった。

 

研修開始早々から田中さんの口からは、デキるビジネスパーソン特有の横文字が飛び出した。

バリュー、コミット、オポチュニティ。ジャストアイディア、市場がシュリンク

怒涛の横文字指導。研修会場中を伝播していく横文字。

「どうテクノロジーをキャッチアップしてスキルアップしてキャリアップしていくかだな」じゃねえよ。アップばかりでアップアップ。会場のそこかしこにルー大柴。みんな言葉に溺れていた。

 

しかし、このルー大柴大量発生。ポケモンGOなら世のおじさま方がこぞってボールを投げに集まりそうなこの状況に対して、田中さんはむしろ不満顔だった。

「皆さん、声が小さくないですか? やる気が感じられません。そんなことでお客様に感動を与えることができるんですか?」

田中さんの熱弁は続いた。

「みなさんの仕事は、言われたことをただこなすんじゃなくて、お客様のイシューにコミットして、感動していただくことなんです」

感動を与える――なんとスウィートな響きだろう! 横文字が多すぎて、これは語学研修なのかもしれないと正直なところ少しいぶかっていたが、れっきとしたビジネススキルの研修なのだ!

 

感動にまつわる田中さんの話はまだ続いた。

「私が外資系企業にいた頃は、やはり残業するわけです。それで会議なんか夜遅くなるとお腹も空いてくるんで、新人の子とかに、ちょっとお菓子買ってきて、と言うんです。そしたら新人の子は、ポテトチップスを買ってきたんです。これだと手に油がつくんで、会議の場には適しません。これでは、感動できないですよね?」

 

え……そこなの!?

いや、確かにね、手に油つくよ。分かる。その手で紙の資料とかキーボードとか触りたくないよ。分かる。分かるよ。

でも、これまでの感動にかんする熱弁で勝手にイメージしてしまっていた「感動」とのギャップありすぎてさすがにちょっとついていけない。

「これが小分けにされてる一口サイズのチョコだったりすると食べやすい。あ、ちゃんと考えてくれたんだな、と。これは感動ですよね」

せ、せやな……。え、でも……感動?

困惑する我々。そして田中さんの口から、今回のタイトルにもなっているあの言葉が飛び出した。

 

「みなさんにね、今回は午後イチで、感動方程式をお教えします」

 

他の人たちのことは知らないが、私はここで心がざわつき出した。何せ、先程からの感動という言葉の乱用。その田中さんの口から飛び出した感動方程式。 

いったいどんなものになるのか気になって仕方がない。

 

「ここで、私の外資小噺こばなしを一つしましょう」

感動方程式というフレーズにざわつく心を落ち着かせる間も無く、田中さんにより唐突に始められた外資系小噺。まず外資系小噺というフレーズそのものが相当面白い。前の会社でのエピソードなら「前の会社での話」でいいはずなのにわざわざ外資系小噺というあたりが更にポイント高い。いずれも名だたる大企業なのに、わざわざ外資系の方と明言してマウンティングしてくるあたりがもうたまらない。

いったいどんな小噺になるのか。相当面白い話でなければ、フレーズのインパクトに負けてしまう。きっとかなり自信のある、デラックスおもろい話に違いない。否が応でも期待は高まる。

 

「仕事終わりに、焼肉に行きました」

めっちゃ普通だった。

 

「ビジネスにコミットして、感動を与える仕事ができたら、焼肉も美味しいんです。みなさんも美味しい焼肉、食べたいですよね?」

いや、焼肉はいつ食べても美味しいだろ。

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その後も、横文字、感動、外資系小噺って感じで研修は進められた。正直言って、カロリーが高すぎて消化不良だったし、大概のことはもう憶えていない。

気がつくとお昼の時間になっていて、私たちはコンビニエンスストアでサンドウィッチを買い、熱めのブラックコーヒーで流し込んだ。頭の中ではビートルズの「ペニー・レイン」が(サビ抜きで)流れ、プロジェクターは異界から闖入してきた観察者のように沈黙していた。私は久美子のことを考えていた。やれやれ。

 

午後の研修が始まった。田中さんはいよいよ感動方程式を教えると言った。

その方程式への期待は高まり切っていた。今にして思えば、その期待がプラス方向だったのかマイナス方向だったのかは怪しいところだが、そんなことはどうでもよかった。今度は何が飛び出すのか、気になって仕方がなかった。

田中さんが、ついに感動方程式をホワイトボードに書き切った。

 

期待 < 成果

 

感動方程式は不等式だった。

私は文科系だったから、もしかしたら私が知らないだけで数Ⅲあたりでは不等号を使った方程式があるのかなとも思ったが、大辞林第三版(三省堂)によると、方程式とは「変数を含む等式で、その未知数に特定な数値を入れたときだけ成り立つもの」とある。定義に従えば、それは方程式でもなんでもなかった。

しかし、理系院卒の田中さんは微塵もその表情を崩さない。「この方程式のとおりですね。お客様の期待以上の成果を上げることで、お客様に感動を与えられるんです」

 

ここまで表情を崩さないからには何か意味があるんだろうか? 方程式と聞いて変数を含んだ等式だけを思い浮かべるのは、方程式の可能性を矮小化しているとか、そういう思考の偏狭さを咎められているのだろうか?

もうここまでくると、陶酔なのか疑心暗鬼なのか区別がつかない。

 

そして田中さんは新たな外資系小噺を披露してくれた。

「ある日、その日は休日で、洗濯機を回して寝ていたんですが、起きたら部屋の床が水浸しになっていたんですね。調べてみたら洗濯機がもう壊れて水が漏れていたんです。でも、それで掃除を始めたら、いつも以上にちゃんと掃除して部屋が綺麗になりました。つまり、成長できたわけです。ピンチはチャンスなんです」

 

成長ってなんだ……感動ってなんだ……。

よく聞くワードなのに、意味が迷子になっていた。

いや、そもそも、もはや外資系企業と何も関係なかった。

 

すっかり脱力した私は、こう心の中で唱えたのだった。

嗚呼、どうでもいいけど、焼肉食べてえな。

 

*1:換言すると、電荷のない点において電位は極値をとることはない。さっぱりわからない。なおラプラス方程式にかんする記述はラプラスの方程式とは - コトバンクに拠った